露中リスク、さらに中東リスクが増す中で、政治面でも経済面でもグローバルサウス(Global South、以下GS)と呼ばれる国々が存在感を増している。GSに詳しい第一生命経済研究所の石附賢実さんに、GSの定義、経済成長性、日本企業が注目すべき国々について聞いた。
GSに明確な定義はないが政治的な意味はある
─グローバルサウス(GS)という言葉をよく聞くようになりました。そこでまず、GSとはどのような国々を指しているのでしょうか。
石附賢実さん(以下、石附) GSには決まった定義はありませんが、もともとは発展途上国が南半球に多いことから派生した言葉で、広義には発展途上国を指すといってもいいでしょう。例えば中南米やアフリカなどの新興国や途上国などで構成する国連の枠組み「77カ国グループ(G77)プラス中国」もGSですが、昨今では冷戦期に東西双方の陣営と距離を置いた「第三世界」とほぼ同義に使われることが多く、その場合には中国は含まれません。つまり、GSはかなり政治的な意図を持って使われている言葉といえます。インドはGSの盟主を自任していて、2023年1月に「グローバル・サウスの声」サミットをオンライン形式で主催しましたが、中国を招待しなかったとされます。
─GSは「第三世界」として結束しているのでしょうか。
石附 第三世界的な意味を込めてGSを使う場合は、欧米先進国(G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)やOECD(経済協力開発機構))と中国・ロシアのいずれにも属さない国ということになります。
GSとされる国々の多くは、それぞれの国益を最大化するため欧米・中露のいずれの陣営とも「うまく付き合っていきたい」と考えています。そのために一見するとGSで結束するかのような動きも見せています。しかし、実態としては、自由や民主主義といった共通の価値観を持つG7やOECDなどとはまったく性質が異なり、GSは政治体制(図1)や価値観が一様でもなければグループとして一枚岩でもなく、親欧米の国、親中露の国もあれば両陣営と付き合うバランス外交を取る国もあります。
─GSが経済的にも注目される理由は、どこにあるのでしょうか。
石附 2000年当時と比べて経済力の存在感が相対的に高まっているためです。図2は、GDPの世界シェアの推移です。中国は00年4・0%でしたが、22年には18・4%まで拡大しており、明らかな台頭が認められます。他方で西側のシェアは落ちているとはいえ、G7(EU含む。G7はEUを含む枠組み)で51・4%、自由や民主主義といった西側の価値観を共有する先進国の集まりであるOECD加盟国を含めると60%を維持しています。恣意(しい)性を排除した大くくりの分類のため「その他」には台湾やベラルーシなどの西側や中露と、それぞれに近しい国・地域が含まれていますが、おおよそ西側・中露のいずれにも属さないGSのイメージと重なります。西側、中露、その他(GS)で00年当時は8:0・5:1・5だったのが、22年時点ではおおよそ6:2:2のパワー・バランスとなっています。依然として西側の存在感は大きいものの、GSの「2」が中露側につくと6:4。パワー・バランスは相当に変わってきます。
─「2」の経済的パワーを持つGSは、西側・中露に対してどのような戦略で臨むのでしょうか。
石附 実際には前述のとおりGSは一枚岩ではなく、かつどちら側につくでもない「現状維持」戦略を取り続けると思われ、その間は、西側は相対的優位を継続することができます。もちろんGSに、「現状維持」を続けてもらうためには、西側が繁栄・協調・高潔性を示し続けていかねばなりませんが、これは決して容易なことではありません。24年の大統領選を含めて、米国の動向によるところも大きいといえます。
付け加えれば、貿易や経済連携でも経済力の大きい国の発言力は大きくなるし、よりダイレクトな力である軍事力は経済力とも明確に関係性があります。昨今では中国の軍事力拡大が注目されていますが、公表ベースの軍事費で見ると経済力相応、対GDP比で2%にも満たない水準です。すさまじい勢いで経済力が伸展した結果ともいえるでしょう。
少し脱線しますが、夏のオリンピックは権威主義的な国では国威発揚の役割を果たしていますが、メダル数とGDPとの間には明らかな相関があります(図3)。経済力の大きさがメダルの数にも影響を与えています。
台頭するインドから先進諸国が目を離せない理由
─日本の視点で考えると、GS諸国の中で特に注目すべき国はどこでしょうか。
石附 まずはインドです。インドは経済規模・人口ともにGSの中で最大であり、GSの盟主を自任し、「グローバル・サウスの声」サミットを主催し、国連のロシア非難決議などでも中立を貫くなど存在感を示しています。世界最大の人口を誇る民主主義国家、「QUAD(クアッド)」(日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国の枠組み)のメンバーでありつつもBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)や中国とロシアが主導する地域協力組織「上海協力機構」にも加盟、9月に開催されたG20の議長国というように国際社会の結節点としての重要性も増しています。日本や米国が提唱するFOIP(自由で開かれたインド太平洋)の中でも地政学的に重要です。
ただ、ヒンズー至上主義などの懸念材料も指摘されており、直近ではシーク教指導者の殺害事件に関連してカナダとの摩擦も起き、難しい国になりつつあるのですが、西側としては非常に大事な国です。実際、モディ首相は23年5月のG7広島サミットに招待され、ウクライナのゼレンスキー大統領と共に民主主義陣営結束の演出に一役買いましたし、6月には米国に国賓(バイデン大統領が外国首脳を国賓で招くのはフランス、韓国に次いで3人目)として招かれています。
経済面で見ると、インドは27年に米中に次ぐ第3位の経済大国となる見通しです。人口は23年に世界一となり、人口構成も若い。当面は経済も人口も堅調に推移するでしょう。経済力をつければつけるほどに自国優先の主張が強くなっていく可能性はあるものの、世界最大の民主主義国家を掲げるなど、中露と比べて「法の支配」も含めて西側の価値観との親和性が高い国です。
─インドに次ぐ国々はどこですか。
石附 ASEAN各国です。これは中国からのデリスキング(De-risking、リスク低減を図りつつ関係を維持していくこと)とも関係します。中国は昨今、経済的威圧をいとわなくなってきており、突然の輸出入の停止など、ビジネスパートナーとしての予見可能性が低くなってきています。同時にサプライチェーンの川上としての存在感が大きいことから、デリスキングという意味では、ASEANが一番の選択肢になります。 特に日本は第二次世界大戦後、一貫して平和外交の道を歩んでおり、ASEAN各国からの信頼度は極めて高い。力で領土主権を主張し経済的威圧を強める国とは、この点で一線を画しています。この信頼関係を大事にしていくということが極めて重要です。 長期的視点に立てばアフリカにも目を向ける必要があります。50年に向けて最も人口が増えていく地域であり(29ページ図4)、最後のフロンティアとも呼ばれる一方で一人当たりGDPも低水準にある後発途上国も多く、不安定な地域でもある。長期的なビジネスの視点とともに西側先進国としてどのような支援ができるのか、継続的に検討・貢献していく必要があります。
日本にとって特に重要なASEAN諸国は
─ASEAN諸国の中では、特に日本にとって重要性が増していく国はどこでしょう。
石附 まずは経済規模の大きい国として、主要6カ国(ASEAN6=インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポール、ベトナム、タイ)は経済的な観点から重要であるのは間違いありません。6カ国のGDPでASEANの9割以上を占めます。経済規模の大きい国には市場があり、優秀な人材も多く、さらに中国からのデリスキングを踏まえても、いずれの国とも関係を深めていくべきでしょう。
最もGDPが大きいインドネシアは、人口でも2億7000万人と圧倒します。通商関係では各国ともRCEP(地域的な包括的経済連携)加盟で、その中でもTPP(環太平洋パートナーシップ)加盟国はシンガポール、ベトナム、マレーシア、ブルネイ。香港での自由な経済活動がしづらくなりつつある今、アジアのハブとしてシンガポールも極めて重要です。タイは大の親日国、多くの日系企業が進出しており、政治体制には注視が必要ですが、引き続き重要な国であり続けるでしょう。安全保障面では中国の海洋進出、特に九段線(中国が領有権を主張する9本の破線)周りのベトナム、マレーシア、フィリピンは、中国の対応に苦慮している。日本が強調している「法の支配」やFOIPに共感する国も少なくない。実際、ASEANは自身でもAOIP(インド太平洋に関するASEAN・アウトルック)を提唱しています。
─では、GSの視点では、日本のアドバンテージはどこにあるのでしょうか。
石附 アジアに位置する数少ない先進国として、アジアと欧米先進国の橋渡しの役割が果たせる点が挙げられます。アジアにおけるOECD加盟国は(オセアニアを除き)日本と韓国の2国しかありません。
最近、欧米の価値観を上から目線で途上国に押し付けるべきではないという論調がよく見られます。各国それぞれの事情や歴史があり、その通りだと思うのですが、ただ、長年かけて築き上げてきた西側の自由や民主主義、法に基づく支配といった価値観は誇るべきものです。押し付けるのではなくその有用性を示して、西側に近づきたいと思ってもらうことが大事。先ほど見てきたように、日本のODA(政府開発援助)、平和国家としての歩みによる信頼感(図5)、そして第二次世界大戦の敗戦後、欧米の価値観に適合してきた歴史を踏まえれば、アジア各国に対して自由や民主主義といった価値観の有用性を示していくのにふさわしい国といえます。
日本が影響力を持つために労働市場改革が欠かせない
─日本側の懸念材料としては、どのようなことが考えられますか。
石附 西側の一員である日本の経済力の状況はかなり厳しい(00年GDP世界シェア14・6%から22年4・2%に減少)と言わざるを得ません。相対的に強いパワーを持っていなければ外交でも振り向いてもらえません。日本が人口減少を補って経済力を維持拡大させるためには、イノベーションを促すあらゆる施策、成長市場への移動を容易にするような労働市場改革などが必要です。
─23年8月に行われた福島原発のALPS処理水の海洋放出を巡って日中間の緊張は再び高まりました。こうした日中間の緊張や経済のデカップリング(経済分断)は、24年も続いていくのでしょうか。
石附 中国は不動産市況の低迷や若年層の失業率上昇など、内政に課題を抱えている中で、人民の意識を外に向けたい状況です。これらの課題はすぐには好転しないと考えられることから、日中間に限らず、中国との付き合い方は難しい状況が続くでしょう。
日本のみならず多くの国が中国からのデリスキングを検討し続けることになる。これは日本やASEANにとってはチャンスにもなり得ます。
─ウクライナ戦争や米中の緊張関係、パレスチナ問題が尾を引く中で、24年の日本経済について、どのように予測していますか。
石附 一般論として申し上げれば、コロナ禍からの経済活動正常化の動きが続いていることから、今後も景気は回復基調で推移すると見られますが、物価高と外需の下押しにより成長ペースは緩やかな状況といえます。
円安の影響は輸出分野に有利とされますが、製造業の業況は外需の減速もあって芳しくありません。また円安の影響が物価高につながっており、名目の賃金は上昇したものの、物価を加味した実質賃金はマイナスの状況にあります。
先述の「中国からのデリスキングは日本のチャンスにもなり得る」という点では、熊本の半導体工場への投資はまだ統計上には現れていませんが、海外からの対内直接投資は増加傾向にあり、また日本企業も国内生産への投資を強化するとしている割合が増えています。
特に経済安全保障上の観点から、国内での製造が望まれる高付加価値半導体やドローン、ロボット、AIといったデュアルユース(軍民両用)の製品なども伸びしろがあると思われます。
─日本が抱える一番のリスクはどこにあるとお考えですか。
石附 地政学リスクは引き続き注視していく必要があるでしょう。ウクライナ情勢に中東情勢が加わり、東アジアでも力の空白が想起されやすい状況になりつつあります。国家レベルでは防衛力強化の方向にかじを切っていますが、個々の企業としてもデリスキングとして、あらゆるリスクを想定しながら備える必要があるでしょう。日本経済については、24年に限らず将来にわたってのリスクは労働市場にあります。人口減少の中で優秀な人材をどのように確保していくのか。加えて硬直的な労働市場のままでは成長マーケットに人が移っていきづらい。また、最低賃金が全国平均1000円を超えたということがニュースになっていますが、多くの先進国ははるか先を行っています(図6)。経済成長と賃上げの好循環を実現し、世界中から優秀な人材を引きつけ、イノベーションを生み出し続けていかなければなりません。 (23年10月10日取材)
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