現在、わが国では半導体関連の大型プロジェクトが動き出している。目ぼしいプロジェクトの投資額を総計すると、約10兆円の投資金額になる。そのインパクトは、わが国経済の将来に向けて明るい希望を与えてくれる可能性がある。
従来、わが国の半導体の生産能力は、チップの回路線幅でいうと40ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)止まりだったものが、早ければ2025年に2ナノメートルのレベル(試作段階)まで飛躍的に高まる。それが実現すると、わが国の半導体産業がかつての競争力を取り戻すことも期待できる。大型プロジェクトの実現で期待できる効果は、チップ生産量の増加だけではない。工場用地としての不動産、電力や水利用のためのインフラ投資など幅広い波及需要も創出される。それによって、わが国は自動車に続く成長のけん引役としての産業を育成できるかもしれない。それらのプロジェクトがうまく回り始めると、わが国の経済は明るさを取り戻すことが期待できる。少なくとも潜在成長率は高まるはずだ。1990年代以降、わが国経済は30年以上にわたって低迷期を経てきたが、ようやく自動車に次ぐ産業の柱の候補が明確になりつつある。人材の不足など課題も残るものの、わが国経済は大きなチャンスを迎えつつあるといえるかもしれない。
世界の半導体産業は急速に変化している。台湾や韓国に集積してきた先端分野のロジック半導体やメモリ半導体の生産拠点が、地政学的なリスク分散もあり、米国、わが国、ドイツなどに急速にシフトし始めている。安全保障、脱炭素、宇宙開発などさまざまな観点から半導体の重要性は高まり、“産業のコメ”にとどまらず“戦略物資”となっている。先端分野を中心とする、半導体生産能力の増強は主要国の力に直結する。そのため、米政権は台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子などに補助金を支給し、先端分野の半導体工場を誘致した。
また、台湾問題など地政学リスクの高まりも大きい。今日、回路線幅7ナノメートルなど先端分野のロジック半導体の製造に関して、TSMCは事実上の独走状態にある。同社は台湾での生産能力強化に集中した。2025年に新竹県にある工場でTSMCは回路線幅2ナノメートルの次世代チップ量産を開始する計画だ。
わが国で走り出している半導体関連の大型プロジェクト。熊本県、長崎県ではソニーがCMOSイメージセンサ(画像処理半導体の一つ)の生産能力拡張を進めており、三菱電機も熊本県で1000億円程度を投じてパワー半導体の工場を建設する。三重県ではキオクシア(旧東芝メモリ)と米ウエスタンデジタルが、メモリ半導体の生産能力強化に1兆円を投じる。宮城県では台湾の力晶積成電子製造(PSMC)とSBIホールディングスが、8000億円以上を投じて半導体工場を建設する。北海道千歳市では次世代の回路線幅2ナノメートルのチップ生産を目指すラピダスが、総額5兆円規模の工場建設に着手した。極端紫外線を用いた露光装置を世界で唯一製造できるオランダのASMLも北海道に新しい拠点を設ける。
わが国で大型プロジェクトが進行する背景として、半導体の製造装置、フッ化水素やフォトレジスト(感光性材料)など、超高純度の半導体関連部材企業がわが国に集積していることが挙げられる。半導体メーカーがサプライヤーとの連携を強化し、迅速に供給体制を整えて事業運営の効率性を高めるために、わが国の産業特性は大きな支えだ。
わが国は官民の総力を挙げて“ヒト、モノ、カネ”の側面から半導体産業を育成できるか否か、重要なターニングポイントを迎えつつある。1990年代以降、ハイブリッド自動車を生み出した自動車産業が、わが国経済を支えた。それに続く成長産業として、半導体産業の育成が必要になるだろう。政府、自治体、関連企業が総力を挙げて課題を解決し、半導体アイランドとしての日本経済の再興が結実する展開を期待したい。 (11月12日執筆)
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