コロナ禍を経てこれからというときに、令和6年能登半島地震に見舞われた。北陸新幹線の敦賀延伸開業を被災地の一日も早い復旧・復興につなげていくためにも、沿線企業の経済活動が重要だ。特集2では、地元経済を支える2社の挑戦をリポートする。 ※本稿は2023年12月、新駅開業に大きな期待を寄せる地域企業を取材したものです。
九谷焼の歴史と技を未来へつなぐ 再生プロジェクトでにぎわい創出
北陸新幹線の敦賀延伸で新たな停車駅となる加賀温泉駅。北陸随一のいで湯を誇る温泉郷は九谷焼の発祥地でもあり、新幹線開業を機に一新する駅舎デザインにも九谷焼が取り入れられている。〝九谷焼のふるさと〟としての知名度向上、観光需要拡大に向けて、地域を代表する窯元の地域貢献への思いとにぎわい創出の取り組みを紹介する。
九谷焼の発祥地として県外へ積極的にPR
新幹線の停車駅として急ピッチで工事が進む加賀温泉駅は、駅舎デザインに風情がある。紅殻格子をイメージした外壁、その壁にくっきりと記された九谷焼の駅名看板、加賀地方特有の赤瓦を採用した待合室など地元の伝統工芸が際立つ和モダンなしつらえだ。 「駅前広場などの周辺整備を含めると駅の完成はまだまだ先ですが、地域の変化、進化を象徴する建造物として意義深いです」
そう語る妙泉陶房代表取締役の山本篤さんは、1975年に妙泉陶房を独立開窯し、今や宮内庁御用達の窯元として知られる名匠だ。数々の九谷焼関連の団体に名を連ね、加賀九谷陶磁器協同組合の理事長を務める重鎮である。取材当日は、新幹線の改札口に展示される直径約2mの九谷焼の大皿制作を進めており、北陸新幹線による九谷焼の波及効果に期待を寄せる。
そもそも加賀温泉駅は市内主要エリアをつなぐ拠点であり、山中、山代、片山津の三つの温泉街の最寄り駅である。これまで以上に観光誘客が見込め、中でも山中温泉は九谷焼の発祥の地。首都圏を中心とした観光客、インバウンドに広く九谷焼をPRするにも駅が担う役割は大きい。
「売る」までの道筋をつけて次世代のつくり手を育てる
「九谷焼は江戸時代初期から続く約400年の歴史がありますが、九谷焼を生業(なりわい)としているところは個人経営、それも夫婦や一人という形態がほとんどです。そのため工房単体ではなく組合として、また組合も連携しながら情報発信や販路拡大、人材育成が求められます。北陸新幹線の開業前から首都圏や大阪を中心とした関西への販路開拓を進め、都市部のお客さまを増やし、対面販売による信頼関係を築いてきました」
妙泉陶房は、古九谷といわれる九谷焼初期の伝統技法である「型打ち」を守る数少ない工房として頭角を現した。型打ち技法は、ろくろ成形後に型にのせて、型の意匠や造形を写して素地をつくる技法で、技の習得に時間がかかり、工数も多い。機械化が進んだこともあって、この技法を用いる工房は、現在ほとんどない。 「だからこそ、妙泉陶房の強みになっていきました」と山本さん。仕上がりの美しさ、軽さ、丈夫さから、90年、宮内庁より天皇皇后両陛下の御紋入器制作の依頼を受け、今も宮内庁の御用を承り続ける。
同時に、山本さんは独立時より弟子を取り、昔ながらの黙する師弟関係ではなく、細やかに技法を教え、個々の才能を引き出してきた。それも、工房の枠にとらわれず、惜しみなく後世に伝える姿勢は技術指導だけにとどまらない。東京の丸善や大阪の阪急うめだ本店など大手百貨店をはじめとする大規模な展示会では、自身の顧客に積極的に若手を紹介している。 「つくり手として良質な作品をつくることは当たり前。それを前提につくり手の人間性を伝える機会を与え、お客さまとの交流の場、応援してもらえる関係性をつくることも私の役割であると捉えています。私だけではなく、人間国宝といわれる方もしかりで、若手にお客さまをつなぐ風習、文化が九谷焼にはあります。昨今、人手不足、若手不足といわれますが、幸い九谷焼は次世代を受け継ぐ人材が着々と育っています」
再生プロジェクトを通じ若手育成と地域活性化を図る
そうした中、北陸新幹線延伸という追い風に乗り、組合を挙げて注力しているのが「名窯 青泉窯再生プロジェクト」だ。青泉窯は1868年に開窯し、約155年の歴史があるものの、2014年以降は活動が休止状態にあった。だが、九谷焼の歴史にとっても重要な窯元であり、ここで生み出された型打ち技法の「型」数百点は九谷焼の〝財産〟ともいえる。 「型をつくるのにも高度な技術が必要で、保管されていた型はデザインのレベルが非常に高いものばかり。大きな登り窯もあり、このままにしておくにはあまりに惜しい。伝統技術の継承、人材育成、観光客誘致の観点で協議し、市に働き掛けて補助金を活用したプロジェクトが動き出しました」
18年よりワークショップを数回にわたって開催し、青泉窯と九谷焼の未来についてアイデアを出し合い、基本構想を練り、完成予想模型図を制作して意見をすり合わせていった。 「途中、コロナ禍で活動がままならない時期もありましたが、20年11月頃から5人の若手が中心になって型を修復し、その型を使って制作するまでになりました」
翌年6月には阪急うめだ本店で、青泉窯で生まれた九谷焼約50点が販売され、好評を博す。加賀商工会議所も地元工芸品の販売促進に向けた特設ホームページ「職人のまち加賀」で同プロジェクトを紹介するなど、地域が一丸となって活動をバックアップした。
交流人口が増えるからこそものづくりの本質を追求
「青泉窯をさらに整備して、九谷焼の文化や技術を伝える場にしていきたいと考えています。まずは若手の作品展示販売や、アーティスト・イン・レジデンス(一定期間滞在するアーティストの創作活動の支援事業)を展開できないか構想中です。ゆくゆくは観光で来た人たちも絵付けやろくろ体験ができ、地域の人々と交流できるコミュニティスポットになればと思います」
青泉窯は、加賀温泉駅から車で約15分の距離にあり、〝九谷焼の聖地〟の新スポットとしてのポテンシャルは十分にある。 「東京でも青泉窯の型を使った若手作家の作品は好評で、若手の士気の高まりを感じました。組合として今後も型の修復作業を続け、サイズや形などを3Dデータに記録して後世に残す取り組みをしていきます。しかし、生産性向上や大量生産が目的ではありません。先人の優れた技術を継承し、つくり手が純粋に陶作に打ち込んで、お客さまが喜ぶ作品を届ける。この本質からブレないことが大切です。商業ベースで考えず、対価は後からついてくる心持ちが必要なことを若手にも伝えています」
首都圏とのアクセスが良くなり、これまで以上に多くの人が訪れるからこそ「一品=逸品主義」を大切にしたいと語る山本さん。今後も九谷焼の魅力を広めることで、地域のにぎわい創出に貢献していきたいと熱く語った。
会社データ
社 名 : 株式会社妙泉陶房(みょうせんとうぼう)
所在地 : 石川県加賀市伊切町ワ163-1
電 話 : 0761-74-5471
HP : https://myousen.com
代表者 : 山本篤 代表取締役
従業員 : 15人(山本長左陶房含む)
【加賀商工会議所】
※月刊石垣2024年2月号に掲載された記事です。
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