米国の有力紙ニューヨーク・タイムズが昨年の「世界の行くべき52カ所」の2番目に岩手県盛岡市を選び、東北6県の夏祭りが一堂に会する「東北絆まつり」も初夏を彩る風物詩として定着してきた。東日本大震災から13年。コロナ禍を乗り越え、今こそ魅力的な東北の観光資源を国内外へ強く発信すべき時だ。東北観光の〝いま”を追った。
個店を中心としたまちの“普段暮らし”の魅力を広く発信
米国の有力紙ニューヨーク・タイムズが昨年発表した「2023年に行くべき52カ所」で、ロンドンに次ぐ2番目に紹介された盛岡市。同地で明治40年に創業した老舗そば処・東家五代目の馬場暁彦さんは、この記事を起爆剤にして国内外の多くの人に足を運んでもらおうと、盛岡の魅力を発信し続けている。
NYT紙の記事はまちを盛り上げる千載一遇のチャンス
旅行に訪れたい場所として、真っ先に思い浮かべるのはどこだろうか。米紙ニューヨーク・タイムズの「行くべき52カ所」は、各国で活動する記者たちの推薦文を基に同紙編集者が毎年選考している人気企画だが、その2023年版で盛岡市を推薦したのは米国出身の作家で写真家のクレイグ・モド氏だ。日本に住んで24年になるモド氏は、歩き旅で各地を巡ってきた中で、特に印象深かったのが盛岡だったという。雄大な山や曲がりくねった川に囲まれたまちには、大正時代に建てられた伝統的建物や城跡公園があり、その風情を歩きながら楽しめること、ユニークな個店が多く、住む人々に活気があることなどを理由に挙げている。
その個店の一つとして紹介されたのが、岩手名物「わんこそば」で知られる東家だ。当時を同社社長の馬場暁彦さんはこう振り返る。 「私は、ニューヨークで10年以上暮らしたことがあり、そこに住む友人が『行くべき52カ所』の電子版に当店が載っていることをいち早く知らせてくれたんです。驚きましたが、記名を見てクレイグのSNSを探し当て、すぐに『ありがとう』とメッセージを送りました」
同店は1907年に料理屋として創業し、三代目のときにそばに特化して以来、地元にも観光客にも愛されてきた名店である。馬場さんは、同紙の記事を千載一遇のチャンスと捉え、それを起爆剤にまち全体を盛り上げようと考えた。
コロナ禍は震災以上のダメージ
“まち全体”と考えた背景には、やはり東日本大震災やコロナ禍がある。東日本大震災の発災時に、同市は震度6の揺れに見舞われ、地域によっては深刻なダメージを受けた。幸い同店は大きな損傷を受けず、通常営業を再開するまで、さほど時間はかからなかった。 「ただ、わんこそばはもともと大人数の客人をもてなすハレの料理で、ちょっと浮かれたイメージがあるでしょう? 原発事故のこともあって、心理的にわんこそばを食べに行こうとはなりにくく、なかなか観光客は戻ってきませんでした」
震災以上にダメージがあったのが新型コロナの全国的な感染拡大だ。岩手県は国内で最も感染者の発生が遅く、感染者数も少ない県だっただけに、住民は感染に対して非常に敏感だった。そのため飲食店に営業自粛要請が出ていなくても、自粛するべきという見えない圧があり、客足が遠のいた。同店の場合、飲食と観光を担っているだけに、一時は売り上げが90%ダウンした。周囲の飲食店も次々につぶれていったという。 「手をこまねいてもいられないので、市内で飲食店を営む仲間で集まってテイクアウトのフードイベントに参加するなど、できることは何でもやりました。それでも売り上げには結び付かず、いよいよダメかもというとき、『行くべき52カ所』に選ばれたんです」
回遊性を高めて長く滞在してもらえるまちへ
馬場さんの行動は早かった。まずは地元の新聞やテレビに働き掛けて、取り上げてもらった。また、さまざまなメディアにモド氏のインタビューをセッティングし、自身は黒子に徹して、モド氏の言葉でまちの魅力を語ってもらった。氏が特に強調していたのは、そこに住む人々の普段の暮らしの風景だ。記事の中で東家とともに紹介された、こだわりのコーヒーを提供する「NAGASAWA COFFEE(ナガサワコーヒー)」、店主の感性で選んだ新刊や古書、レコードが並ぶ「BOOKNERD(ブックナード)」、有名なジャズ喫茶「開運橋のジョニー」など、独自路線で運営している個店や代々受け継がれた老舗商店がたくさんある。それをまちの人々が日常的に利用している。
「実は、かつて当店の近くにも大手ファストフード店やカフェがありましたが、いつの間にか撤退してしまいました。大手にとっては数字が全てでしょうが、地元に支えられている個店には数字には表れない強さがあります」と馬場さんは付け加えるとともに、こんな課題も口にする。 「わんこそばを食べたら次はどこに行くか、です。盛岡にはほかにも冷麺やじゃじゃ麺という名物があり、海の幸もおいしい。でも、わんこそばを食べた後すぐには食べられないでしょう。ほかに突出したエンタメが見つからないと、観光客はすぐよそに移動してしまう。回遊性を高めてより長く滞在してもらうために、昼も夜も楽しめるまちであることを国内外の人にもっと周知することが重要です」
ニューヨーク・タイムズの記事による盛り上がりを一過性のものにしないためにも、官民が協力して引き続き観光プロモーションに取り組んでいきたいと、馬場さんは意気込みを語った。
会社データ
社 名 : 株式会社東家(あずまや)
所在地 : 岩手県盛岡市中ノ橋通1-8-3
電 話 : 019-622-2252
HP : https://wankosoba.jp
代表者 : 馬場暁彦 代表取締役
従業員 : 60人(パート含む)
【盛岡商工会議所】
※月刊石垣2024年3月号に掲載された記事です。
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