Femtech(フェムテック)=Female+Technologyを掛け合わせた造語で、女性が抱える健康問題やライフステージの課題を技術で解決するためのさまざまな製品・サービスを指す。日本では、女性の社会進出や出生率の低下が大きな課題となっており、政府のフェムテック支援も始まっている。この市場の可能性などについて日本総合研究所の田川絢子さんに話を聞くとともに、すでに参入している中小・地域企業の取り組みを紹介する。
総論 女性特有の健康課題の解決を目指して 健康経営や新事業創出へ
今、フェムテックが注目を集めている。女性特有の健康課題を解決するために開発された製品やサービスのことで、今後成長が期待されている。すでにこの市場に参入している大企業やIT企業は少なくないが、中小企業はどのように参入すればよいのか。その具体的なポイントについて、日本総合研究所のシニアマネジャーである田川絢子さんに聞いた。
女性特有の健康課題をテクノロジーで解決する
―近年、フェムテックという言葉をよく耳にします。フェムテックとは何でしょうか。
田川絢子さん(以下、田川) 女性特有の、あるいは女性に多く見られる症状や病気から生じる不利益を解決するために、テクノロジーを活用して開発した製品やサービスのことです。2013年にドイツで開発された月経管理アプリ「Clue」のco-foundersであるティン氏が、自社事業を説明する際に「FemTech」という造語を用いたことが始まりとされています。
―女性特有の健康課題とは、具体的にどのようなものが挙げられますか。
田川 例えば、月経や月経前症候群、妊活や不妊、妊よう性、妊娠・出産、更年期などです。ほかにも、メンタルヘルス、デリケートゾーンケア、セクシャルウェルネスなども含まれます。女性の健康は女性ホルモンの分泌量の変化に影響される場合が多く、厚生労働省ではこうした健康課題をライフステージごとに整理しています。
―それ以外にも留意すべき女性特有の症状はありますか。
田川 不調という観点から見ると、肩こりや冷え性、むくみ、肌荒れ、便秘などに悩む女性は多く、精神的なアップダウンが大きいことも女性特有の課題といえます。ただ、男性でも同じような悩みを抱えている場合もあり、どこまでを女性特有と捉えるかは人によって違います。それがフェムテックを分かりづらくしているといえるかもしれません。
女性の就業継続へ働きやすい環境設備を
―近年、フェムテックが注目を集めているのは、なぜですか。
田川 日本ではまだ、フェムテックが十分に認知されている状況とはいえませんが、国や経済団体がフェムテック支援を始めた背景には、三つの要因があると考えます。まず一つは、労働力不足です。少子高齢化が進展する中、労働力を確保するには、女性にも働きやすい環境を整備し活躍してもらいたいという要請があります。二つ目は、SNSの普及で情報発信がしやすくなり、今まで個人で抱えてきた悩みをオープンにしやすくなったこと。三つ目は、テクノロジーが進化し、病院に行かなくてもさまざまな測定や検査が手軽にできるようになり、女性の“知られたくない”という気持ちに対応できるようになりました。さらに、「ジェンダー平等」「全ての人に健康と福祉を」といったSDGsの観点も後押ししていると思います。
―国は、どのような方針を打ち出していますか。
田川 これまでは女性活躍や女性管理職比率の向上が中心だったのですが、昨年出された「女性版骨太の方針2023」では、女性の所得向上や経済的自立に向けて、「仕事と健康の両立による女性の就業継続を支援する」と明確にうたっています。また、女性が尊厳と誇りを持って生きられる社会の実現に向けた施策の中に、初めて「フェムテック」という文言が入り、関心を集めました。
―具体的にどのような施策が行われていますか。
田川 フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金という形での支援や、健康経営優良法人認定制度で行っている健康経営度調査で、女性の健康課題に関する設問を充実させて、女性の健康支援に取り組む企業が社会で評価されるように変更されました。また、女性の就業率が上がっているため、労働安全衛生法に基づく一般健診において女性の健康に関する項目も含めた項目追加の検討が始まっています。
―女性の健康を支援して、働きやすい環境をつくっていこうということですね。
田川 その裏には危機感があるのだと思います。この2月に経済産業省から「女性特有の健康課題による経済損失」というデータが発表されたのですが、損失額は社会全体で約3・4兆円と推計されています。19年の資料では月経随伴症状のみの経済損失を取り上げ、約5千億円という試算が出されていましたが、今回はさらに、更年期症状、婦人科がん、不妊治療を加えて試算したところ見過ごせない結果となり、今後ますます対策が求められていくことになるでしょう。
フェムテック市場に参入する中小企業も増えている
―フェムテックが大企業や投資家をはじめとして、ビジネス面から注目されている理由について、どのように分析していますか。
田川 企業は新規事業の領域として、投資家は成長領域として捉えていると考えます。機関投資家が投資を判断する際、女性活躍情報の活用や、女性活躍情報に特化したファンド運用残高の増加を重視していることも理由の一つです。また、政策的な要請も大きいので、参入を検討、動向を注視している企業はかなりあると思います。
―大企業のフェムテック事例にどのようなものがありますか。
田川 例えば丸紅。カラダメディカ、エムティーアイの3社で設立した「LIFEM(ライフェム)」という会社があります。カラダメディカはヘルスケアのコンテンツ配信、エムティーアイは女性の体をサポートする「ルナルナ」を開発した会社で、それぞれが強みを生かして女性の健康課題改善サービスをつくりました。それを丸紅社内で実践して従業員のケアをしつつ、そこからデータを集積してサービスに還元しているところが上手で、こうしたBtoBのサービスを展開する動きが少しずつ増えています。
―中小企業でもフェムテックに乗り出している事例はありますか。
田川 19年に設立したTRULYは、更年期や性にまつわる悩みなど、大人の男女に向けた情報を発信するオンラインメディアの運営やマーケティングサポートなどを行っています。また、AIの活用で健康状態をモニタリングして課題を可視化し、制度や職場の環境改善につなげる京都大学発のベンチャー・Flora(26ページ参照)の事業も印象的です。従業員への健康支援という観点では、従業員の不妊・不育症治療をサポートする制度を導入して東京都産業労働局が運営する「働く女性のウェルネス向上委員会」に取り上げられたNISHI SATOや、業種の異なる中小企業4社が集結し、女性の健康も含め、従業員の健康課題に取り組んでいる4社合同健康研究会などもあります。
―何か製品・サービスをつくったという事例はないでしょうか。
田川 商業施設やオフィス、学校などの個室トイレで、生理用ナプキンを無料で提供する事業を始めたOiTr(オイテル)という会社は、同社のアプリをダウンロードしたスマートフォンをかざすとナプキンが1枚出てくるディスペンサーを開発しました。スポンサー企業からの広告費などによって無償化を実現していて、女性の「困った」に対応する、すごくありがたい製品だと思います。
フェムテックの先も見据えて長期的な成長を目指す
―今後、フェムテック市場は拡大が予想されています。中小企業が参入する上でのポイントを教えてください。
田川 ひと口にフェムテックといっても、医療機器、健康食品、生活用品など非常に幅が広いです。どんな課題に焦点を絞り、「フェムテック」という言葉にのせて売り出すかがポイントになると思います。さらに、製品一つの売り上げはあまり大きくないので、そこからどのように派生させていくかを考えておくことも必要でしょう。
―自社技術や得意分野を生かした製品やサービスを考えた方がよいのでしょうか。
田川 もちろん強みを生かすことは重要ですが、これまで扱っていないことにも取り組まなければならないことも出てくるので、そのハードルをクリアすることを前提に考える必要があると思います。中小企業、特にものづくりの会社は、一つのパーツをつくる技術は高くても、完成品は未経験のケースも多いので、研究機関や大学、販売実績のある企業と組むなど、パートナーとの横の連携が鍵になるでしょう。
―中小企業が参入しやすい分野はありますか。
田川 健康分野は、医療分野ほど参入障壁は高くないと思います。女性の悩みを解決するような健康食品やサプリメント、日用品などは取り組みやすいといえるでしょう。ただ、障壁が低いほど競合も多くなるので、他社にない特徴や何を解決してくれるのかを明確にして、共感が得られるようなプロモーションを展開することが重要だと思います。
―成果を出すには、どのようなことに留意しておくべきでしょうか。
田川 何をつくるかだけでなく、長期的な事業展開を考えて、その第一歩と捉えると良いでしょう。今まで日本では、男性を念頭に従業員の健康課題を解決する制度がつくられてきました。今は働く女性が増えたことでフェムテックが注目されていますが、その先に「男性特有」とか「性差」に対応した製品やサービスを見据えることでより成長が期待できます。
―最後に、フェムテック市場に参入を考えている企業にメッセージをお願いします。
田川 フェムテックには、企業の健康経営がさらに推進されて、働きやすくなったり、企業イメージがアップしたり、採用や人事にも良い影響があるという側面と、製品やサービスを開発することで事業の新機軸が誕生するという側面があると思います。いずれにせよ、今まであまり考えられてこなかった領域に取り組むことは、職場にも良い変化をもたらしてくれるのではないでしょうか。
最新号を紙面で読める!