Femtech(フェムテック)=Female+Technologyを掛け合わせた造語で、女性が抱える健康問題やライフステージの課題を技術で解決するためのさまざまな製品・サービスを指す。日本では、女性の社会進出や出生率の低下が大きな課題となっており、政府のフェムテック支援も始まっている。この市場の可能性などについて日本総合研究所の田川絢子さんに話を聞くとともに、すでに参入している中小・地域企業の取り組みを紹介する。
リアルで使用感の良い人工乳房の開発で女性のQOL向上に貢献
乳がん患者向けの人工乳房や人工乳首の製造販売を行っているナチュラルブレスト。3Dデータと3Dプリンターを活用した独自の製造方法で、一人一人に合った形状や色の再現に成功している。さらに、特許を取得した粘着剤の開発で着脱を容易にしたことで、乳がん手術後の女性のQOL(生活の質)向上に大きく貢献している。
乳がん手術後は喪失感と日常生活の不便に襲われる
誰しもがんを宣告されれば戸惑い、大きなショックを受けるだろう。それはがんの部位によって異なるというものではないが、女性にとって乳がんの場合、乳房を失うことの喪失感は計り知れない。また、術後は生活動作がしにくくなる、温泉にも行きづらいなど、日常生活にも何かと制約がある。
そんな乳がん患者の不便を軽減し、QOL向上の一助となるのが人工乳房だ。これには大きく分けて、外科手術によって乳房の膨らみをつくる乳房再建と、シリコンなどで形成した乳房を胸に装着する方法がある。ナチュラルブレストは、後者の製造販売で2014年に設立された会社だ。社長の本田幸恵さんは、その経緯をこう振り返る。 「当社の親会社はウィッグを扱っており、大半はおしゃれ用ですが、がん治療で髪が抜けてしまった女性が医療用として買い求めるケースが全体の3分の1を占めていました。しかも、そのほとんどが乳がんを患った方だったのです。今や日本では9人に1人が乳がんになるといわれています。私もひとごとではないと思っていたとき、人工乳房の存在を知ったんです」
当時はまだ認知度も低かったが、日本で初めて人工乳房をつくったという技術者と偶然出会ったことをきっかけに、開発に乗り出すことになった。
特許取得の粘着剤の開発で快適な使用感を実現
同社は、当初から一人一人に合ったフルオーダーの人工乳房を念頭に置いていた。それには正確な型を取る必要があるが、従来の方法では石こうを使っていたため、重みで胸の形が変形してしまい、何度も補正しなければならなかった。そこで同社は3Dデータと3Dプリンターに着目した。胸を撮影してその画像を3Dデータに落とし込み、画面上で設計して3Dプリンターで出力し、シリコンを流し込んで固める。あとは、使用者の肌の色に合わせて着色すれば完成だ。この工程を確立するまで試行錯誤の連続だったというが、徐々に技術を積み上げて内製化できるまでこぎ着けた。 「自社HPで製品PRをしていましたが、もっと広く知ってもらうために、乳がん学会中に設置される展示ブースに出展して、来場者に製品を見てもらったり、パンフレットを病院に置いてもらえるようにお願いしたりしました」
医療関係者の関心は高く、患者を紹介してくれるなど徐々に注文が増えるようになる。同社は多様なニーズに応えるため、セミオーダーの人工乳房や既製品の人工乳首もつくるなどラインアップを増やしていった。さらに、毎日使ってもらいたいとの思いから、のちに特許を取得した粘着剤「ゲルフィット」も独自に開発した。というのも、従来品は毎回医療用のりで胸に貼り付け、はがし液を使ってはがすため、面倒になってだんだん付けなくなってしまうのだそうだ。一方ゲルフィットを使用した人工乳房は、肌に吸い付くようにフィットして激しく動いてもずれず、温泉に漬かってもはがれない。それなのに外すときはスムーズで、ベタベタも残らずさらっと快適なのだ。 「これまで当社を訪ねてきた方で、製品が気に入らずに購入しなかった人は一人もいません。むしろ出来上がったものを試着して、鏡の前でうれし泣きされたこともあり、お客さまに合ったリアルな製品づくりをしてきて本当に良かったと思います」
販売チャネルを増やしてより多くの人に届けたい
同社は18年頃から、海外にも着目するようになる。JTBと医療ツーリズムの契約をして、主に中国や韓国の旅行客に製品を紹介する取り組みを開始した。確かなニーズを感じたものの、新型コロナの影響で頓挫してしまう。 「コロナ禍では国内でもパタッと注文が入らなくなりました。時間に余裕ができたので、思い切ってモニターやアプリケーション、カメラなどの設備をブラッシュアップして、お客さまと一度も会わなくても受注・製造できる仕組みを整えました。今後は、海外も含めたオンライン販売にも力を入れていく予定です」
同社は現在、ジェトロの支援を受けながら海外への販路開拓に力を入れている。すでに米国では医療機器として登録され、中国と韓国に設置した販売代理店も始動し、世界のさまざまな地域から問い合わせが舞い込んでいるという。どの国にも乳がんで乳房を失った喪失感に苦しみ、日常生活に不便を感じている人はいるのだ。 「今後もっと多くの人に人工乳房の存在を知ってもらうためにも、販売チャネルを増やしていきたい。お客さまが『まるで手術前に戻ったみたい』と思えるものを提供して、生き生きとした毎日を送るサポートができたらうれしいですね」と穏やかな口調で締めくくった。
会社データ
社 名 : ナチュラルブレスト株式会社
所在地 : 福岡県福岡市博多区住吉3-1-18
電 話 : 092-292-3883
HP : https://www.naturalbreast.co.jp
代表者 : 本田幸恵 代表取締役社長
従業員 : 10人
【福岡商工会議所】
※月刊石垣2024年4月号に掲載された記事です。
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