NHK総合「サタデーウオッチ9」の人気気象予報士・久保井朝美さんは、大の城好きで知られる「歴女」でもある。日本城郭検定2級を取得し、2024年2月には天気を切り口に各地の名城を紹介する初著書を刊行。テレビ出演のほか、防災やSDGs、環境問題をテーマとした講演もこなす。公私ともにパワフルに活動し続ける、久保井さんの原動力を探った。
超難関の気象予報士試験を短期決戦でクリアし、転職
久保井朝美さんは、控え目に言っても才色兼備である。「美人すぎるお天気キャスターランキング」で1位に輝き、合格率4〜6%という超難関の国家資格・気象予報士試験に一発合格という快挙を果たした。それも受験勉強は4〜5カ月という短期決戦でのクリア。名門高校、名門大学とエリートコースを真っすぐに歩み、自他ともに認める〝あっけらかん〟とした人柄で好感度も高い。学生時代にタレント活動をしており、将来の選択肢は無数にある中、なぜ気象予報士を選んだのか。それも狭き門であるアナウンサーからの転職である。 「学生時代に情報番組で天気予報コーナーを担当した経験があり、その経験を買ってくれたのか長野放送に入社して2日目で天気予報を担当することになったのです。あわせて長野のリンゴ農家さんで農業体験をリポートすることになって、天候がなりわいに密接に関わること、天気予報の役割が非常に大きいことを目の当たりにしました。しかも、長野県は山が多くて隣町でも天気が全く違うこともしょっちゅうです。気象予報士の方をよく質問攻めにしていました」 そう笑顔で振り返る。さらにアナウンサーとして各界で活躍する一流の人物にインタビューする中で、「私自身も何かを突き詰めたい」という持ち前の知的好奇心もかき立てられていく。登山好きな父親の影響でもともと天気には関心があり、久保井さんの誕生日はくしくも9月20日の「空の日」。天気予報の原稿を丁寧に読み上げるだけではなく、その奥にある意味と理由を理解した上で伝えたい。その思いは日に日に強まり、迷いに迷った末に転職に踏み切った。 「実家に報告すると、父が『何かあったら頼ってこい』と言ってくれて、逆に心配をかけたくないと気合が入りました」
勉強する時間を割くべく、15年3月に独立、仕事の予定がない日は1日12時間勉強に打ち込んだ。 「仕事の日も3、4分でも勉強する。とにかく1日も欠かさず、参考書を何冊もやるよりも、1冊を3回は繰り返して完全マスターする勉強法です。スクールに通って、情報交換や切磋琢磨(せっさたくま)できる仲間をつくれたことも励みになりました」
そして、見事合格。15年11月、晴れて気象予報士となった。
気象予報だけではなく防災知識を広く伝える
久保井さんが通っていた、気象予報士受験スクールを運営していたのがウェザーマップだ。卒業生の多くが同社に所属する流れで、久保井さんも入社した。気象予報士になれたとはいえ、昨今の天候は想定外なこと続き。異常気象や地球温暖化、集中豪雨や100年に一度の災害も珍しくはない。 「時期や地域ごとの気象パターンはありますが、同じ日は1日としてありません。それが楽しくもあり難しいところです。気象予報士によって解釈が違って、それを議論するのも刺激と学びがあって興味が尽きません」
気象は、未曽有の災害とも切り離せない。久保井さんは防災士の資格も取得し、テレビで天気予報を伝える一方で、全国各地で気象や防災に関する講演活動も活発だ。 「その地域やお客さまの職種や状況に即してお話しするように努めています。防災に関しては、根拠なく自分が大丈夫だと思う『正常性バイアス』に陥らないように、平時に緊急時を想像してシミュレーションするのも大切です。例えば地下街には60m間隔で非常口があるから1カ所に殺到しなくていいこと、災害時にエレベーター内にいたら全フロアのボタンを押し、止まった階で降りるなど、具体例をお伝えしています。それと気象庁の通知サービス『キキクル』(危険度分布)では、土砂災害、浸水、洪水の危険度がリアルタイムで表示されるので、平時のうちに使っておくことが重要です」
〝好き〟を掛け合わせて自分スタイルを磨く
また、久保井さんといえば、お城好きでも有名だ。天気予報を伝える際も、自ら「お城好き気象予報士の〜」と名乗るほど。城に魅せられるようになったのは生まれ育った環境が大きいという。3歳までは愛知県名古屋市で暮らし、遊び場はもっぱら名古屋城を中心とした城址公園「名城公園」。その後、岡崎城の城下町として栄えた岡崎市に引っ越し、高校までは日常風景の中に岡崎城があった。 「同じ環境で育った妹はお城好きじゃないのですが、私は日本史、それも戦国時代のストーリー展開に引かれたこともあって、自然とお城に魅せられていきました」
原風景にある名古屋城や岡崎城は「殿堂入り」と前置きして、久保井さんが好きな城の一つとして挙げたのが松本城だ。 「私にとって第2の故郷ともいえる長野県。その国宝・松本城は、戦国時代は戦の要塞(ようさい)でしたが、江戸時代になると、徳川家光をもてなすための月見櫓を増設しているのです。赤い高欄(手すり)が外観に映えるように設けられていて、戦と平和の二面性を持つ、時代ごとの価値観の違いを体感できるお城です」と熱く語る。
学生時代から各地の城を巡っていたが、気象予報士になって〝見る目〟が変わったと目を輝かせる。 「瀬戸内海は春に霧が多いので、海城である今治城に行くなら断然春がおすすめ。霧に包まれた幻想的な姿を目にするチャンスです。瓦一つとってもお城ごとに違っています。美の追求だけではなく、西日本のお城は黒瓦が多いですが、豪雪地帯では『凍(し)み割れ』が生じるため、会津若松城は鉄分の入った釉薬をかけて焼いた赤瓦を、弘前城は木型を銅板で覆った銅瓦を葺(ふ)いています。これは私の見解ですが、金沢城の鉛瓦も諸説ありますが、寒さ対策も兼ねていたのではないかと思います。月日と共に銅瓦は緑色に、鉛瓦は白色化する変化を楽しむだけではなく、気象を切り口に理由を探るのも面白いです」
その独自の視点が注目を集め、24年2月には初めての著書『城好き気象予報士とめぐる名城37天気が変えた戦国・近世の城』(PHP研究所)を刊行するまでに至る。ほかにもファイナンシャル・プランナーやモニークチョークアーティストの有資格者で、趣味は城巡り以外にもゴルフやアニメがある。 「公私を切り替えるというより、境がない感覚です。ずっと仕事をしているようでもあり、趣味をやらせてもらっているようでもあります。でもやるからには真剣です。気象予報士は、命を守るための知識や情報を発信する重要な役割。いろいろな視点や立場を踏まえて、〝好き〟を原動力に究めたいです」 そう、屈託のない笑顔で語った。
久保井 朝美(くぼい・あさみ)
気象予報士・キャスター
1988年愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2011年4月長野放送に入社し、翌年9月に生島企画室に移籍。15年3月に退社し、同年11月に気象予報士の資格を得て、気象予報会社ウェザーマップに入社する。21年「美人すぎるお天気キャスターランキング」1位、24年「お天気キャスター総選挙」1位に選出。24年に著書『城好き気象予報士とめぐる名城37天気が変えた戦国・近世の城』(PHP研究所)を発売。NHK総合「サタデーウオッチ9」など同局ニュース番組に出演中(24年7月現在)
写真・後藤さくら
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