円安傾向になかなか歯止めがかからない。4月下旬、円・ドルレートは160円24銭まで円が下落する場面もあった。その後、介入などもあり円は反発したが、本格的な反転までは至っていない。円安と世界的な資源や食料品の価格上昇で、必要な資材の輸入が難しくなるケースも出始めている。円安とオレンジの不作で、ジュースの材料を確保できないメーカーも出ているという。円安により物価が上昇するなど、私たちの日常生活にも影響が及び始めている。
円安進行の根本的な原因の一つに、わが国経済の実力が低下していることがある。景気の低迷を金融緩和で支えるため、これまでの常識を超える大規模な金融緩和を行ってきた。1990年代初めに資産バブルが崩壊して以降、わが国では事実上のゼロ金利の環境が続いた。2013年以降は、“アベノミクス”により異次元の緩和策が強化された。日本銀行は国債流通市場から長期国債を大規模に買い入れ、大幅に通貨供給量を増やした。
16年2月から、日銀は“マイナス金利政策”も実施し、極端に金利が低い環境が出現した。また、GDP(国内総生産)比で見た通貨供給量は約2倍であり、主要先進国の中でも圧倒的に高い。つまり、国内の円資金が有り余っている。主要中央銀行のバランスシート規模(対名目GDP比)に関して、日銀は約120%に達した。この水準は米国のFRB(連邦準備制度理事会)、BOE(イングランド銀行)、ECB(欧州中央銀行)を上回る。
海外の投資家にとって円金利の世界的な低さ、潤沢さは見逃せない収益チャンスとなっている。ヘッジファンドなどの主要投資家は、日米の金利差を使って大規模な円キャリートレードを行った。5月中旬の時点で米国の2年国債の流通利回りは約5%だ。一方、わが国の2年債の利回りは0・3%程度だった。円で資金を調達して米ドルに換金する。そのドル資金を使って米国の国債を購入すれば、投資家は高い利得を得ることができる。また、豊富な円資金の一部は、今年から始まった新NISAをきっかけに海外に流出した。
わが国が金融緩和の強化を重ねることが必要とされる背景に、経済の実力(潜在成長率)の低下がある。世界のGDPに占める、わが国のシェアの推移を確認すると、一目瞭然だ。内閣府によると、世界のGDPに占める日本の割合は、1980年に9・8%だった。95年には17・6%まで高まった。2010年に8・5%、足元では4%程度に落ち込んだ。
日銀が公表している潜在成長率の推移を確認すると、1990年時点でわが国の潜在成長率は4・0%を上回っていた。バブル崩壊後、潜在成長率はすう勢的に低下した。コロナ禍の発生により2020年度後半(20年10月から21年3月)は0・22%に低下した。その後、徐々に潜在成長率は持ち直し、23年10~12月期は0・68%と推計された。それでも、1%台後半から2%台前半と見られる米国との経済の実力の差は大きいといえる。
円安を本格的に反転させるためには、どうしてもわが国経済の実力を回復させる必要がある。そして、金利が上がっても、それに耐えられる経済を構築することが不可欠だ。現在、世界的にAI(人工知能)関連のIT投資が積極化している。わが国でも、いくつかのデータセンターの建設や、先端の半導体製造工場の立ち上げが続いている。そうした動きは、経済復活の好機になる可能性がある。
元々、わが国には、半導体関連の部材・素材に関して高い技術を持つ企業が多い。また半導体製造装置などで高いシェアを誇る企業もある。国内のヒト・モノ・カネをうまく使って、わが国経済の実力を引き上げることができるはずだ。そのためには、痛みを伴う労働市場の改革などが必要になるだろうが、果断に改革に努めて経済を復活させることが求められる。(5月13日執筆)
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