ブランドストーリーとは、自社商品の強みや魅力をストーリーに沿って訴求すること。昨今のヒット商品にブランドストーリーが欠かせないのは、「モノよりコト」に重きを置く消費者が増えていることが理由の一つに挙げられる。地域に根差し、地産の良さに誇りを持って大事にブランド=商品を育てている女性経営者のこだわりとは―。
山間の辺地でも心豊かで心地良い暮らしができることを広めていきたい
島根県の中央部、大田市の山間部にある石見銀山は、周辺の文化的景観とともに世界遺産に登録されている。その石見銀山にある人口400人弱の集落に、ライフスタイルブランドの石見銀山群言堂の本社はある。「根のある暮らし」をコンセプトに、地域の伝統や文化を大切にしたさまざまな事業を展開。婦人服や服飾・生活雑貨を製造し、全国の百貨店を中心に33店舗で販売するとともに、地元で飲食や宿泊施設の運営も行っている。
お母さんの手づくりのような手縫いでぬくもりある商品を
石見銀山群言堂グループは石見銀山生活文化研究所(製造小売事業、飲食業)、石見銀山生活観光研究所(観光事業、不動産開発)、他郷阿部家(宿泊施設の運営)、石見銀山地域経営研究所(地域おこし関連の行政向けサービス)の四つの組織を通じて地域の活性化に取り組んでいる。創業したのは松場大吉・登美夫妻で、1981年に大吉さんの故郷に戻り、実家の呉服商兼雑貨屋を継いだことから始まる。 「私と夫が帰ってきた44年前、このまちは衰退の一途をたどっていて、私たちは食べていくこともままならない状況でした。そのため、最初は生活のために小物雑貨をつくって販売するところからスタートしました」と、現在はグループの取締役を務める登美さんは言う。二人は89年に雑貨ブランド「ブラハウス」を立ち上げ、登美さんが端切れでつくったアップリケをつけたエプロンや、パッチワークでデザインした小物やインテリアを、大吉さんが県内の出雲や松江、広島県に行商して歩いた。
ブランド名の「ブラ」は南太平洋の島国、フィジーで話されている言葉で「こんにちは」を意味し、「ブラハウス」はみんなが気軽に立ち寄れる場所になったらという思いを込めて付けられた。実際、地域の女性たちが手伝い、手縫いで小物づくりを行っていった。 「ブラハウスのラベルを取ったらお母さんの手づくりと言われてもみんなが信じるような、手縫いでぬくもりのある商品をつくっていきました。そんな、大量生産や世の中のものづくりの流れに乗らないところから始めたんです」
数年後には実家の向かいにある空き家を購入してブラハウスの店舗をオープンし、衣服のデザインも手掛けるようになっていった。
“根のある暮らし”を通じてビジネスを行っていく
94年には新たなブランド「群言堂」を立ち上げ、「復古創新」を理念に、過去の伝統を理解しつつ未来を見据えたものづくりを始めた。生地は全国に今も残る機屋(はたやxx)が生産したものを使うなど伝統的な技法を取り入れ、地域社会とのつながりを重視した運営を行っている。 「ここは江戸時代に栄えたまちですが、城下町のように武家や商人、職人の地域が分かれておらず、混在しています。それがまちの多様性につながっていて、住む人たちが通りすがりにお互いに会釈をする距離感が魅力的なんです。私たちは“根のある暮らし”と言っていますが、目には見えないけれど上のものに養分を与え、支えているのが根っこなんですよね。一見、見事な花が咲いて豊かに見えても、根っこのない暮らしはいずれ衰退していくと思います。ですから私たちは、急成長はできなくても自分たちなりの根っこを持っていれば、いつか自分たちらしい花を咲かせられると考えています」
群言堂では、暮らしの中で心を満たしてくれるものこそが生活必需品であるとし、生活雑貨でもこの器なら心豊かにお茶が飲めるといった暮らしの提案をしている。そのため、主な購買層は年齢とは関係なく、群言堂のこのようなコンセプトに共感する女性が比較的多くなっている。 「命を育むという特質があるからかもしれませんが、女性は利益や経済だけを追い求めず、人や場所、生活といった本質的なものを大事にすることに長けている気がします。昔、文化で飯は食えないと言われた時代がありましたが、経済を優先して文化をおざなりにしたら、国の魅力はなくなって経済もついていかなくなりますから」
コロナ禍を機に自分たちのブランディングを見直す
石見銀山群言堂グループでは、一昨年に事業承継が行われ、創業者夫妻の精神を受け継ぎながら、新たな時代に対応した事業展開を進めている。松場大吉・登美夫妻の次女であり、グループ会社・石見銀山生活文化研究所の所長を受け継いだ峰山由紀子さんは、今後についてこう語る。 「代替わり直後にコロナ禍になり、その間に私たちのブランディングを見直しました。これまで私たちは生活雑貨や日本各地の良いものも販売していましたが、地元に特化したものづくりを見直すために、この地でものづくりをする人たちをもっと増やしていこうと動き始めました。そして、先代からお付き合いのある全国の機屋さんへ、その地の伝統文化が継承されるよう、発注を続けることを決めました」
群言堂がある大森町の現在の人口は386人。この数字は十数年、大きく変わっていない。それに大きく貢献しているのが群言堂で、全従業員180人のうち、大森町で勤務しているのは約50人で、そのうちUターン者が6人、Iターン者が25人。みな群言堂のコンセプトに引かれた若い人たちだ。 「12年前は保育園に子どもが2人しかいなかったのですが、その後、Uターン、Iターン者に出産ラッシュが起きて、今では28人と十数倍に増えました。ここは辺地ですが、その場所でどれほど心豊かで心地良い暮らしができるかということを、群言堂の活動を通して広めていきたいですね」と峰山さんは最後に力を込めて語った。
群言堂は山間の小さな地域に根差したビジネスを通して、精神的に豊かなライフスタイルを提供していくことを目指している。
会社データ
社 名 : 株式会社石見銀山群言堂グループ(いわみぎんざんぐんげんどうぐるーぷ)
所在地 : 島根県大田市大森町ハ183
電 話 : 0854-89-0131
HP : https://www.gungendo.co.jp
代表者 : 松場忠 代表取締役社長
従業員 : 180人
【大田商工会議所】
※月刊石垣2024年11月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!