ブランドストーリーとは、自社商品の強みや魅力をストーリーに沿って訴求すること。昨今のヒット商品にブランドストーリーが欠かせないのは、「モノよりコト」に重きを置く消費者が増えていることが理由の一つに挙げられる。地域に根差し、地産の良さに誇りを持って大事にブランド=商品を育てている女性経営者のこだわりとは―。
老舗カバン店が未経験でオープン 地場産にこだわった和スイーツカフェ
創業130年近くの老舗カバン店を運営する岩崎商事が、2023年12月に和スイーツ&カフェ「まるいわ」を始めた。これまでインテリアや家具販売など事業を横展開してきたが、飲食業界は初参入となる。だが、商品や店舗の細部まで熊本の歴史と文化を軸にしたブランディングが功を奏す。地域活性化を視野に入れた、〝モノ語り〟豊富な店として、県内外から注目を集めている。
海外で活躍するシェフと協働で異業種へ参入
馬具からカバンの製作へ事業転換した企業は数多い。エルメスやグッチは最たる例だが、1897年創業の岩崎商事もまた、二代目がカバン店に転身した。店を構えたのは熊本県最大の下通アーケード商店街とつながる、上通アーケード商店街(以下、上通)。カバン販売を主軸に布団や家具などの販売事業を展開し、五代目で代表取締役の岩﨑公子さんの代では、スクールバッグ、インテリア、海外商品開発の3本柱で事業展開してきた。 「店の老朽化による改装と、創業120周年の節目で、何か新しいことができないかと考えていた矢先に、コロナ禍になりました。商店街の人通りは激減。一時はテナント貸しにしようかとも考えました」と語る岩﨑さん。歴史ある店を閉じたくないという思いで踏みとどまり、カバンと和菓子に「包む」という共通点を見いだして、カバン店兼和カフェの構想を練った。看板商品は庶民的な和菓子の代表格、どら焼き。だが、飲食店経営のノウハウがなかった。 「懇意にするフレンチレストランのオーナーから、海外で活躍するフレンチシェフが一時帰国するという話を聞きました。アドバイスをいただけないかと、お会いできたことが一大転機となりました」
奇遇にもシェフもどら焼きに注目しており、熊本の歴史や文化を大切にした店づくり、商品開発で意気投合した。シェフの全面協力の下、新規事業が動き出した。
社外のプロを総動員してヒト・モノ・コトを構築
一流シェフの協力を得たことで、決心がついたという岩﨑さん。新規事業予算の3分の2を「令和2年度第3次補正予算事業再構築補助金」で補い、残りは全額自己資金を投入、商工組合中央金庫でつなぎ融資を借り入れた。「老舗企業という実績で借り入れがスムーズだった」と振り返り、熊本商工会議所の専門家派遣制度の活用で「広報戦略」と「接客」のスキルを磨いたという。 「各メディアに送るプレスリリースの書き方や、インフルエンサーの試食会の企画など事細かに教えてもらいました。おかげで地元の新聞やテレビをはじめ、全国のメディアやSNSで取り上げられて、有名人や文化人にも数多くご来店いただけました」と岩﨑さん。
2023年12月、和スイーツ&カフェ「まるいわ」は開店したが、息の長い店舗にすべく徹底したのが商品やサービスのクオリティーだ。食材や内装、什器(じゅうき)を熊本県産の中から厳選し、岩﨑さん自らが農家や職人を訪ねて交渉を重ねた。 「異業種からの参入なので、一から関係性をつくっていきました。最初は難色を示す方もいましたが、熊本の文化を広めたい、新しいお土産品をつくりたいと熱心に伝えると、『それなら』と協力してくださって。いろいろな方のご協力があって、お店が完成していきました」
コストや効率を追求しすぎずブレないストーリー性を重視
岩﨑さんと同様、いやそれ以上にシェフの熱量も高かった。約3年の月日を費やして完成した看板商品「あんさんどら」を筆頭に、店舗の内装や厨房の設備、パッケージデザインなどシェフの審美眼にかなったものばかり。業者が作成した店舗設計図や、贈答用の化粧箱の形状にもシェフは安易に首を縦には振らなかったという。 「それでも最終判断は私に任せてくれて、専門家からも各分野のプロの意見は参考程度にとアドバイスを受けました。意識したのは『私』主体のブランディング。コストを抑えるべきところにあえてお金をかけるなど非効率な部分もありますが、それが店の特色になり、お客さまと話が広がることも多いです」
目指したのは100年先も愛される熊本土産だ。「あんさんどら」の生地には水を一切使わず、特別栽培の肥後レンコン、150余年の老舗酒蔵「瑞鷹」の甘酒や赤酒を使用。ベーキングパウダーなどの添加剤を使えば短時間で生地が膨らむが、一切使わず1枚1枚手焼きで時間をかけて焼き上げる。餡の中央には天草の塩を使ったクレームオブール(バタークリーム)で塩味を加え、和菓子でありながら洋菓子のような味わいを引き出した。 「カフェスペースで使うトレーは地元産の小国杉、器は地元の窯元の玄窯や小代焼(しょうだいやき)たけみや窯のものです。熊本に遊びに来て、まるいわでお茶をして、食材の生産地や伝統工芸品の工房を巡るという旅の起点になれたらうれしいです」と楽しそうに語る。
上通は日中も人通りは多いが、コロナ禍前ほどではなく、閉じたままの店も多いと言う岩﨑さん。近隣の飲食店と競うのではなく、連携してカフェ巡りや食べ歩きを楽しむ人の流れをつくりたいと、商店街活性化への思いも熱い。 「カフェ事業が軌道に乗ったら分社化、ゆくゆくは多店舗展開、パリ出店と夢は広がるばかりです。でも、まずは上通の店を地域に根付かせることからです」
オープンからもうすぐ1年。今日も店内外のにぎわいを育む。
会社データ
社 名 : 株式会社岩崎商事(いわさきしょうじ)
所在地 : 熊本県熊本市中央区上通町8番23号
電 話 : 096-352-4624
HP : https://www.maruiwa1897.com
代表者 : 岩﨑公子 代表取締役
従業員 : 5人(「まるいわ」のみ)
【熊本商工会議所】
※月刊石垣2024年11月号に掲載された記事です。
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