繊維の産地に根付く松文産業。会社設立から数えて八代目で代表取締役社長の小泉綾子さんは、やむなく事業承継の選択を迫られたが、創業家の気概を持って覚悟を決めた。従業員目線を大切にし、同業者との連携や新素材の研究開発にも心血を注ぎ、家業の歴史を新たな市場へつないでいく。
無縁だった家業に夫婦そろって転職
全国各地に繊維の産地はあるが、北陸は合成繊維の一大産地。中でも福井県勝山市は、合成繊維の糸の加工から製織加工まで一貫生産できる機屋(はたや)が多く現存する。創業130余年の歴史ある松文産業もまた、ポリエステルなどの合成繊維の「撚(よ)り」と「織り」を得意とした生地をつくり続けてきた。レディース用ブラックフォーマル生地の国内生産6割のシェアを占め、勝山の本社工場以外にも山形県鶴岡市、滋賀県栗東(りっとう)市にも工場を持つ。 「当社の歴史は、明治時代に勝山にあった機業場を、大正時代に曽祖父が番頭だった横浜の生糸問屋『松文商店』が引き継いだことから始まります。『松文機業場』として発展し、1932年には鶴岡に、栗東には64年に工場を設けました。設備投資をしながら衣服を中心に、インテリアや産業資材、新素材加工などにも挑戦しています」
そう説明をしてくれたのは、2021年に社長に就任した小泉綾子さんだ。二人兄妹(きょうだい)で、自身は小学校卒業と同時に勝山を離れ、中・高は埼玉、大学時代は京都で過ごした。結婚後は福井に戻り、約14年間主婦業に専念。家業と接点を持ったのは35歳の時で、父親から関連事業の「まつぶんこども園」に関わらないかという打診があってからだ。 「ちょうど、主人が転職を考えていた時期で、父の連絡を受けて実家の松文産業が転職先候補に急浮上しました」
話し合いの末、ご主人は後継者の娘婿として同社に入り、小泉さんも勝山に戻って地元の短大に社会人入学する。こども園で働くべく、幼稚園教諭と保育士資格を取得し、こども園調理室補助や地元幼稚園の臨時教諭の実務経験も積んだ。だが、徐々に夫婦間の家業に対する価値観の違いが明らかになっていった。
「敷かれたレール」には乗る覚悟が問われる
「家業とは無縁だったとはいえ、祖父や父の背中を見て育ちました。言われるまでもなく、従業員の働きがあって自分たちの暮らしがあるという考えが根付いています。理屈ではなく感覚的に『家=仕事』。それを理解してもらうのは難しかったですね」
小泉さんは38歳の時に離婚し、同社は後継者不在となる。 「兄は、県外で公務員のキャリアを積んでいたので、私が候補に挙がりました。でも、敷かれたレールには、乗る側にも責任が伴います。機屋で働く女性は少なく、女社長への風当たりが強いのは目に見えていました。そのような中、130年続く歴史を次世代につながなければなりません」
覚悟を決めた小泉さんは、製造現場にアルバイトで入り、約半年間は二交代勤務も経験した。従業員と交流を図り、正式入社後は社長付きとなる。経営を学びつつ社長のスケジュール管理や経営データを整理し、工場長や製造部長、常務取締役なども務めた。社外セミナーや研修にも足しげく参加。また、勝山や工場のある鶴岡の各商工会議所青年部では会長や監事を務め、会長研修会などをきっかけに草津商工会議所とも交流を深めるなど、多角的に知見を得てスキルを磨き、人脈を築いていった。
従業員とその家族の暮らしを軸に未来を描く
社長就任後は、将来を見据えた社内改革を進めていった。 「当社は『変わり続けること』を伝統に、気質も文化も違う土地でそれぞれ成長を遂げていましたが、50年、100年先を見据えた時代の変化、人口減に対応するためにも、各工場の知見やスキルの共有は必須と考えました」
小泉さん自身、土地勘のない鶴岡にアパートを借り、従業員目線で工場やまちを知るという〝行動〟で現状や変化を捉えようという本気度を示した。さらに勝山の本社工場を軸とした設計・開発力アップに力を入れる。コロナ禍というピンチもチャンスに変えた。それは、クラウドファンディングサービス「Makuake」を使い、自社開発した3層構造のポリエステル100%のユーティリティージャケットの販売だった。目標金額30万円をわずか1日で達成し、メーカーへのPR、従業員の士気向上につなげた。 「Makuakeは社内の声をくみ上げての初挑戦です。従業員の声が経営陣にすぐ届くのが当社の強み。今後もやりたいことに応える、かなえる会社でありたいと思います」
大手メーカー出身のキャリア人材も迎えて、工場の新体制も整え中と語る小泉さん。外国人材の積極的な起用や、国内同業者と連携したオールジャパンによる大口案件の対応、自社敷地内全面禁煙など改革は多岐にわたる。 「今、取り組んでいるのは炭素繊維や医療用繊維の研究開発です。この先100年後も、会社が続くには時代にしなやかに対応できる組織であるかどうかが重要です。幸い、社名に『産業』とあるので繊維にこだわらなくてもいいのです。従業員やその家族の大切な生活を支えるレールが続いていればいいですね」
世界的に繊維産業は成長産業だ。グローバル市場も視野に入れ、同社の領域は拡大傾向にある。
会社データ
社名 : 松文産業株式会社(まつぶんさんぎょう)
所在地 : 福井県勝山市旭町1-1-56
電話 : 0779-88-1131
代表者 : 小泉綾子 代表取締役社長
従業員 : 227人(役員、研修生除く)
【勝山商工会議所】
※月刊石垣2024年12月号に掲載された記事です。
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