深海、宇宙などの未知の新分野へ挑むハードルは高いが、果敢に挑戦している中小企業がある。自社の技術で新領域のビジネスに挑む経営者の発想力と行動力が、次の飛躍につながっている。
無人深海探査機「江戸っ子1号」の開発 その参画から新規事業が発展
千葉県柏市に拠点を置く、特殊ガラスメーカーの岡本硝子は、工業ガラスのニーズに対応する研究開発型企業だ。その実績が高く評価され、参画することになったのが、産学官金連携による無人深海探査機「江戸っ子1号」の開発だった。同探査機で、岡本硝子は、世界初となる、深海7800mでの3Dハイビジョンでの撮影成功の一翼を担った。同社は海洋・深海領域の事業を拡大し、新たな共同開発も計画している。
世界トップシェアの実績が評価されて〝深海〟へ
宇宙に匹敵する未知なる領域といわれる深海。その深海に果敢に挑むプロジェクトが、2009年、東京都葛飾区の町工場から始まった。大阪の町工場が開発した人工衛星「まいど1号」に触発され、「大阪が宇宙なら、東京は深海を目指そう」と発起したのが、杉野ゴム化学工業所(東京都葛飾区)だ。だが、深海に関する知識もスキルもない。相談した東京東信用金庫が、産学官連携していた芝浦工業大学、東京海洋大学に声を掛け、さらに海洋研究開発機構(JAMSTEC)の協力を仰ぎ、下町工場数社も企画に賛同した。
中小企業の技術力、資金力でできることは何か。行き着いた先にあったのが、JAMSTECが1979年に開発していたフリーフォール型のガラス球深海カメラだ。これを原型とする無人深海探査機の開発という明確な目標ができ、1年かけて「江戸っ子1号プロジェクト推進委員会」が中小企業5社、大学2校で発足した。東京東信用金庫が事務局を務めて体制は整ったが、開発は遅々として進まなかった。「江戸っ子1号」をオール国産でつくりたいと考えたプロジェクトチームが、岡本硝子に白羽の矢を立てた。 「2012年に、東京東信用金庫から声を掛けられました。昔からのお付き合いで、深海の水圧にも耐え得るガラス球をつくって欲しいという相談に、当時、社長だった岡本毅会長は二つ返事で引き受けたのです」
そう説明するのは、同社の代表取締役社長兼COOの堀義弘さん。同社は、液晶プロジェクターの反射鏡やフライアイレンズ、歯科用のデンタルミラーで、世界のトップシェアを誇っている。
産学官金連携で挑んだ超深海の3Dハイビジョン撮影
だが、同社にとっても深海は未知の領域。研究開発型企業として新しいことにチャレンジする企業マインドは培われているが、ドイツ製のガラス球での実験で、失敗に終わっていたというから容易な開発ではない。
当時、要素技術開発本部の本部長を務め、江戸っ子1号プロジェクトの中核を担ったのが現顧問の髙橋弘さんだ。 「部下2人を連れて、JAMSTECの勉強会に参加したり、月1回のプロジェクトチームのミーティングに参加したり、海に関する情報収集に努めました。JAMSTECの実用化展開促進プログラムの認定を受け、技術指導を受けられたこと、テスト機器や機材を借りられたことはありがたかったです。深海の撮影用カメラにソニーの協力を得るなど、技術支援企業も増えていきました」
一時は停滞していたというプロジェクトが、同社の参画から加速する。資金は、12年に経済産業省の「グローバル技術連携支援事業」による、助成金4500万円を得て一定のめどが立ち、海洋調査船「かいよう」に、13年9月の「江戸っ子1号」の乗船が決まった。乗船までわずか1年。否が応でも、完成を急がなければならない。 「『江戸っ子1号』は、ガラス球に通信機器や浮上回路機器、照明や撮影機器を組み込み、深海に沈めるというシステムです。三つのガラス球がセットで1機の装置となっていますが、ガラス球の一つが割れると誘発して残り二つも割れてしまいます。ガラス球の責任は重大です」(髙橋さん)
産学官金連携は、さまざまな知見やスキルが持ち寄られるメリットはあるが、意見がまとまりにくい側面もある。 「意見の取りまとめに事務局が機能してくれたこと、技術面での役割分担が明確だったこと、そして納期に間に合わせる、というプロ意識が結束を生みました」
台風の影響で、乗船が2カ月ずれ込んだものの、「江戸っ子1号」は、最長約30時間深海に留まり、世界初の深海7800mでの3Dハイビジョンでの撮影に見事成功した。同社のガラス球が、内包した撮影装置全てを守り切ったのだ。
「江戸っ子1号」をシリーズ販売 国内外で活躍の場を広げる
だが、この結果は通過点であり、成功ですらないと堀さんは言う。 「海洋や深海は、国が絡んでくる領域であり、一民間企業が単独で事業展開できるものではありません。加えて日本は海洋探査の予算が少なく、世界にもかなり遅れをとっています。それでも弊社は14年に海洋・特機事業部を立ち上げ、翌年、江戸っ子1号プロジェクト推進委員会の解散後、連携企業や支援機関、東京東信用金庫と『江戸っ子1号事業化グループ』を編成しました。事業化をけん引し、継続したのは、岡本会長の社会貢献への強い思いがあればこそです」
「江戸っ子1号」は、海洋立国推進功労者表彰で内閣総理大臣賞を受賞するなど、数々の賞に輝いた。15年には内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(内閣府SIP)に採用され、20年には国際海底機構(ISA)が環境調査指針で推奨するまでに至る。
事業化グループは、1年間の長期モニタリングが可能な「江戸っ子1号365型」や、「江戸っ子1号」を小型化した「COEDO」などシリーズ展開して実用化し、用途の幅を広げていく。
昨今、同社は6000mにレアアース泥が広く分布する南鳥島沖の海底モニタリング調査や、陸奥湾の沿岸海域調査、苫小牧の海洋資源調査など活躍の場を増やしていった。さらに内閣府SIP第2期に関わった6社で共同出資し、23年3月に「次世代海洋調査株式会社」を設立。同社により環境DNA分析(海水中の微量のDNAの検査・検出)のような高度なアプリケーションも「江戸っ子1号」の新たな用途として加わりつつある。 「フランス領のニューカレドニアの海底調査に関わるなど、国際舞台でも注目されるようになってきました。事業化して約10年、これからが本格始動です」(堀さん)。
「江戸っ子1号」が日本製であることは、海外でのPR効果が高く、江戸っ子事業をきっかけに入社を希望する若者も現れた。深海に限らず、女性社員がオリジナルブランドを企画・開発するなど、新領域への挑戦は多角的に進んでいる。
会社データ
社 名 : 岡本硝子株式会社(おかもとがらす)
所在地 : 千葉県柏市十余二380
電 話 : 04-7137-3111
HP : https://ogc-jp.com
代表者 : 堀 義弘 代表取締役社長兼COO
従業員 : 154人(連結232人)
【柏商工会議所】
※月刊石垣2025年7月号に掲載された記事です。