近年、廃施設を有効活用しようという動きが全国に広がっている。国も、民間のノウハウ・資金などを活用した「スモールコンセッション(※)」を通じ、廃校や歴史的建築物といった“地域資源”にスポットライトを当てて、まちづくり・地域産業の振興に生かす取り組みを推進している。今回はこのような活発な動きに焦点を当て、小さな事業者による大きな可能性を感じさせる事例を紹介する。
※地方自治体が所有する遊休不動産を活用して地域課題解決やエリア価値の向上につなげる、小規模(事業規模10億円未満)な官民連携事業のこと。地域企業などが担い手として期待されている。
廃校から生ハムの聖地 そして地域の憩いの場所へ
廃校となった市内の小学校を活用して、生ハムづくりをスタートしたしらかみフーズ。白神山地から渡ってくる冷涼な風の恩恵を受けながら、県産の豚肉を独自の製法で長期熟成。完成した本格国産生ハムは、各地の生ハムを食べ歩く愛好家たちの舌をうならせ、同社製造工場は、今やファンたちから生ハムの「聖地」と呼ばれている。
スペインと緯度がほぼ同じ「廃校で生ハムをつくろう」
JR大館駅から北西へ約10㎞。世界自然遺産である白神山地の山懐(やまふところ)に、生ハム製造会社・しらかみフーズはある。2008年春に廃校となった旧大館市立山田小学校の校舎を再利用して、同社の前身である白神フーズが創業。当時、工場長として入社した夏井雅人さんが19年に事業を引き継ぎ、現在の会社を設立した。 「そもそもの始まりは、私の伯父が当時の市長から『ここで何かできないか』と持ち掛けられたのがきっかけです。いくつか事業アイデアが挙がる中で、秋田県はスペインと緯度がほとんど同じことに気付いて、それなら生ハムをつくろうという話になりました」と夏井さんは、創業した経緯を説明する。
同社が手本としたのは、本場スペインで「山の生ハム」の別名を持つ「ハモンセラーノ」だ。その製法に倣って、原料には秋田県産の三元豚の「原木」(骨付きもも肉)を使用。肉の余分な脂肪を丁寧に切り取って成形し、血抜き作業を行った後、ミネラル豊富な天日塩を全体にまんべんなく擦り込む。いったん作業用コンテナの中で寝かせてから、また塩を擦り込む。この作業を1週間ごとに繰り返した後、一昼夜水に浸けて余分な塩を抜き、熟成庫で最低18カ月かけて乾燥・熟成させれば完成だ。
「うちが使っている原木は『桃豚』と『大館さくら豚』という品種です。いろいろ試してみたけれど、この二つはきれいにサシ(霜降り)が入っていて柔らかく、脂身に甘みがあってジューシー。生ハムは発酵食品で、原料やつくられる地域によって味が全く異なり、当社の製品は豚肉本来のうまみが凝縮され、芳醇(ほうじゅん)でまろやかなのが特徴です」
取り巻く環境が偶然重なり生み出した唯一無二の味わい
原木の品質はもちろんのこと、同社が当初からこだわってきたのが食塩相当量だ。生ハムの場合、食肉の重量に対して6%以上の食塩を用いなければならないと食品衛生法で定められている。もちろん、使う量を増やす分には問題ないが、塩辛くなって味を損ねてしまう。同社では食塩をいかに減らして肉のうまみを引き出すか、毎年挑戦を繰り返した。
「食塩相当量を公表しているメーカーはほとんどないので、正確なところは分かりませんが、10%以上使っているところもけっこうあるのではないでしょうか。塩を多く使うほど食肉に含まれる水分の蒸発が早くなり、表面が乾いて固くなるので、細菌やカビが食肉に侵入できなくなるメリットがあります。ただ、塩辛くなり風味を損なうのが心苦しく、うちではその方法を取りたく、なかったので、研究を重ねて3年前にようやく食塩相当量ギリギリの量で細菌やカビの侵入を防ぐ製法を見いだしました」
その製法に大きく寄与しているのが廃校の立地と校舎のつくりだ。校舎は大抵南向きに建てられ、水平方向に長く、南北に窓が多数設けられている。同社では2階の元教室を熟成庫として使っており、窓を開けると白神山地から渡ってくる冷涼な風が通り抜けるため、原木を乾燥・熟成させるのに好都合なのだ。しかも、昼夜で風向きが逆になるので、同社では窓の開閉をこまめに調整しながら乾燥・熟成を促し、細菌やカビの侵入を防いでいる。
「この場所が生ハムづくりに合っていたと言えば、土着菌もそうです。しょうゆや日本酒の蔵には多種多様な土着菌がすみ着いていて、既製の菌だけでは出せない複雑で深みのある風味を醸し出してくれるでしょう。この廃校にも土着菌がいて、偶然にも生ハムづくりにぴったりだった。そうしたさまざまな条件が相まって、うちの味が生まれたんだと思います」
愛好家、地元住民、出身者など昔懐かしい風情に人が集まる
生ハムづくりは予想以上に首尾よくいったが、製造現場はハードなことが多い。まずは、仕込みの時期が真冬であること。原木は一連の仕込みが終われば細菌やカビが付着するリスクはほぼなくなるが、生肉の段階で付着したことに気付かぬまま仕込むと、乾燥・熟成の段階で腐敗してくるのだ。それを避けるには生肉が入荷してから数日間が勝負となり、例年水温が安定して5℃以下となる1月第2週あたりに仕込みを開始する。その環境下なら細菌やカビが繁殖できないからだ。「うちでは幸い、落第生(腐敗した生ハム)はゼロ」と夏井さんは笑うが、冬場は最低気温が氷点下15℃前後まで下がる同地域で、水は冷たく暖房もつけない室内での作業は厳しい。
「われわれは寒さにはある程度慣れていますが、仕込みは体力勝負なところがあるので大変です。1本12~13㎏はある原木をひっくり返しながら塩を擦り込んだり、仕込みを終えた原木を2階の熟成庫に運んで吊るすのも全て手作業。これが3月の終わりまで2カ月半続きます。また、熟成中も窓側と廊下側に温度差があるので、6月と10月に原木の位置を入れ替える“席替え”を行うんですが、これもけっこうきついです」
そうした手間や時間を経て誕生したのが、本格国産の「白神生ハム」だ。現在、原木、ブロック、スライスなどの形態で製品化されている。販売先は飲食店がメインだが、一部のスーパーのほか、同社オンラインショップやECサイトなどから購入することができる。
「たまに個人の方がここに来て、直接買っていくこともあります。各地の生ハムを食べ歩いているという愛好家の方がある日訪ねてきて、『ここの生ハムが一番おいしい』と言われたときは、本当にうれしかったですね」 こうした口コミもあってファンが徐々に増え、いつしか同社の製造工場は、「生ハムの聖地」と呼ばれるようになる。また、近所の住民がおしゃべりしに来たり、同地域の出身者が帰省の際に立ち寄ったりと、多くの人が集まってくるようになった。実は、同社は廃校を再利用するに当たり、生ハムづくりに必要な改装や設備の導入は行ったものの、それ以外は基本的に手を入れていない。2階の熟成庫には、現在も教室札が残されていたり、玄関に置かれたげた箱には名前シールが貼ってあったり、廊下の壁には子どもたちの制作物やポスターがそのまま掲示されている。そんな昔懐かしい小学校の風情が地域の憩いの場所として、人々を引き付けている。
地域ブランドとして確立 そして新たな挑戦へ
今や地域の特産品として同市のふるさと納税の返礼品にも活用されている白神生ハム。同商品の味や品質、地域性や伝統、生産者のストーリーなどが評価され、今年の「自治体アワード」で金賞を受賞した。しかも、夏井さんいわく「土着菌がパワーアップして風味豊かになり、生ハムの味は年々良くなっている」と自信をのぞかせる。設立以来売り上げも安定しており、コロナ禍では飲食店からの注文は激減したものの、オンラインショップの売れ行きは好調だったため乗り切れたという。
夏井さんは今後、どのような構想を描いているのか。
「ここの工場規模はかなり大きいですが、増産はあまり考えていません。むしろ、『桃豚』や『大館さくら豚』など地域のブランド豚を活用した新たな食肉加工品、例えば豚の角煮といったものを製品化する取り組みに挑戦していきたい」
豪雪地帯の廃校を生かした“生ハムの聖地”は今、地域で最もホットな場所と言えるかもしれない。
会社データ
社 名 : 株式会社しらかみフーズ
所在地 : 秋田県大館市山田字寺下24
電 話 : 0186-54-0022
代表者 : 夏井雅人 代表取締役
従業員 : 3人
【大館商工会議所】
※月刊石垣2025年12月号に掲載された記事です。
