近年、廃施設を有効活用しようという動きが全国に広がっている。国も、民間のノウハウ・資金などを活用した「スモールコンセッション(※)」を通じ、廃校や歴史的建築物といった“地域資源”にスポットライトを当てて、まちづくり・地域産業の振興に生かす取り組みを推進している。今回はこのような活発な動きに焦点を当て、小さな事業者による大きな可能性を感じさせる事例を紹介する。
※地方自治体が所有する遊休不動産を活用して地域課題解決やエリア価値の向上につなげる、小規模(事業規模10億円未満)な官民連携事業のこと。地域企業などが担い手として期待されている。
倉庫だった元銭湯を店主自ら改装 地域の人が集まるレトロなコーヒー店に
岡山県津山市にあるコーヒースタンド福寿湯は、1897年に銭湯として建てられたが、戦後に廃業し、70年以上も倉庫だった建物を活用している。現在の店主が「昔お風呂屋だった珈琲屋」をコンセプトに、銭湯の歴史を感じられるようリノベーションを行い、昭和レトロな雰囲気を醸し出している。2024年度には、津山市内で魅力的な景観の創出や維持に貢献している建築物を表彰する「景観賞(建築物部門)」に選ばれた。
開業のきっかけは祖父母たちの居場所づくり
津山市は、岡山県北部に位置する盆地で、北は鳥取県に接している。城下町なので、歴史ある古い建物が残っており、2013年には市内の城東地区が国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。コーヒースタンド福寿湯は、その保存地区の一角にある。 「僕はこのまちで生まれて育ち、一度もほかのまちで暮らしたことがありません。じいちゃんやばあちゃんが歩いて来られる場所で、お店をやりたかったんです」と語るのは、店主の廣戸達哉(ひろどたつや)さんである。幼い頃から、大工だった祖父と一緒にものづくりをすることが好きだった廣戸さんは、開業前、地元の和菓子店の職人だった。しかし、近所の喫茶店の店主が亡くなり、祖父母らが集まる場所がなくなったことをきっかけに、喫茶店の開業を決意した。
物件を探すうちに、近所の人から現在の店舗を紹介されたが、廣戸さんの認識は「地域の祭り用具などを入れる倉庫」だった。この建物は、1897年に銭湯として建てられ、戦後、各家庭に風呂が普及して廃業し、その後は70年以上も倉庫として利用されていた。廣戸さんは開業を目指し、自ら工事を進める中で、この建物の歴史を掘り起こしていくことになる。 「ここが銭湯だった頃の写真が残っていないので、建物内を発掘しながら痕跡を探していきました」と廣戸さんは振り返る。この銭湯を使っていた90代前後のお年寄りたちから思い出話を聞いたり、銭湯のロッカーのふたなどの遺物を譲り受けたりして、情報を集めた。倉庫として使うために、銭湯の浴槽はコンクリートで覆われ、男女を分けていた壁などが壊されていたことも分かった。
廣戸さんが自分で工事を進めた結果、古い建物の持つ魅力をそのまま残すことにつながった。店は2015年にオープンしたが、その後も改装を続けた。例えば、コーヒーを入れる厨房は当初、壁側だったが、「銭湯の番台をイメージして」店内の真ん中に設置し直した。「改装の目的は、お風呂屋さんの形に戻すこと」と廣戸さんは語る。
保存地区ならではの苦労と自治体建築関係者との連携
この建物は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された地域にあるため、改装や補修には国の許可が必要となる。地域独自の事情で貸倉庫状態になっていたため、廣戸さんは建物の持ち主と交渉し、建物を買い取ることにしたが、「弁護士を入れていなかったら、交渉は進んでいなかった」と当時の苦労を語る。
さらに、工事をするには、建物の形などに歴史的な根拠が必要になる。しかし、この建物には写真がなく、復元するための情報が不足していた。そこで廣戸さんは「こういう形だっただろうという仮説」をいくつもつくり上げ、掘り起こした外壁の破片などを証拠として提示した。22年度には、補助金を活用し、建築関係者とともに外観などの復元を行ったが、その際には津山市の歴史まちづくり推進室が国とのパイプ役となった。24年度には、周囲の町家づくりの建物を背景に、元銭湯のレトロな建築が共存し、城東地区のまちなみの魅力を高めているとして、津山市の「景観賞(建築物部門)」に選ばれた。廣戸さんは「役所や建築関係者と一緒に、チームとして動いた結果」と受賞を喜んでいる。
元銭湯の未来は「地域の人が集まる場」
コーヒースタンド福寿湯の開業当初は人通りも少なかったが、元銭湯というレトロな外装とユニークな内装が、地元メディアなどで話題となり、10年たった今では市内外から観光客が訪れるようになった。廣戸さんは「このまちにお店を構えたいという人が増えてきた」と周囲の変化を実感している。しかし、廣戸さんが本当に理想とするのは、現代のような車社会ではなく、「歩いて行ける範囲で、みんなの生活が成り立っていたまち」だという。各店舗の前に駐車場が必要になると、古い建物を壊さなくてはならないからだ。
廣戸さんは、これまでもこの店を会場に、音楽イベントやマグロの解体ショーなど、さまざまな企画を実施しており、今後も地域のカルチャーを育む場として使うつもりだ。
古い建物を生かすことについて、廣戸さんは「ルールの中に自由が存在する」と語る。「例えば古い柱を、要らないからと無理やり抜くんじゃなくて、その建物が生きていた時代をくみ取る。そういう制約があるからこそ、柱をどう生かそうかと考える自由ができる」。この言葉は、元銭湯をコーヒースタンドとしてよみがえらせ、地域の人たちの交流の場をつくり、まちの未来を切り開く廣戸さんの生き方そのものを表している。
会社データ
社 名 : コーヒースタンド 福寿湯(ふくじゅゆ)
所在地 : 岡山県津山市勝間田町5
電 話 : 090-7771-4985
HP : https://www.instagram.com/fukujuyu.53/
代表者 : 廣戸達哉
従業員 : 代表者のみ
【津山商工会議所】
※月刊石垣2025年12月号に掲載された記事です。
