書店が今、大ピンチに陥っている。デジタル情報化の荒波が押し寄せ、地元に愛されてきた「まちの本屋さん」がほぼ1日1軒の割合で閉店しているという。このような苦境を打破すべく、新たな取り組みで成果を上げている書店に迫った。
伝統の陰で変わらない経営を改革 地域の書店が挑む異業種コラボ
静岡県沼津市にあるマルサン書店は、120年以上の長きにわたり、静岡県東部を代表する書店として親しまれてきた。全盛期には9店舗を構えたが、時代の変遷とともに本離れが進み、かつての華やかさは影を潜めつつある。現在は、実店舗の運営や学校などへの外商のみならず、独自のブックフェア開催、さらには異業種と組んだ業態など、時代に合わせた多様な形で本を届け続けている。
伝統の陰で進行した硬直化 「数字」への違和感
マルサン書店は、1902年に「古澤書店」として創業した。本社のある沼津市を中心に、近隣の清水町や長泉町などに出店。98年には、沼津市の中心商店街にビル1棟の旗艦店、仲見世店を開店するなど、最大で9店舗を構えた。この老舗書店のかじ取りを、現在担っているのが、常務執行役員の杉山孝さんである。杉山さんは、2001年、学校の教科書などを扱う同社外商部に中途入社した。「当時、静岡県東部地域で一番大きい本屋として知られていたのですが、入社してみると、なんだかおかしいな、という感じでした」と振り返る。当時は、自社ビルを購入して事業を展開しており、一見すれば華やかだったが、その裏では会社の雲行きが怪しくなり始めていた。
同社には、店頭販売(店売部)と、学校や事業所を回る外商部がある。かつては店売が花形とされていたが、いわゆる「自転車操業」の状態に近かった。戦後、本が売れた時代に店舗を増やしてきたが、1店舗ごとの損益を厳密に確認する仕組みがなかった。幹部会で報告されるのは売り上げの数字のみで、前年対比9割を維持していれば見過ごされる。しかし、実態は赤字が続いていた。
さらに、杉山さんを悩ませたのは、徹底した年功序列の社風だった。外商部では、ベテランは、65歳を超えても役職者として残り、新陳代謝が全く行われない。一方で、景気が良さそうに見えるのに自身の給料は驚くほど安い。「このままではいけない」と確信した杉山さんは、組織の若返りを強く訴え、社長へ直談判した。しかし、受け入れられず、ついに退職届を出したが、ほかのスタッフに引き留められた。
外商の強みを生かした「攻め」の営業と構造改革
杉山さんは、経営改善の提案書を社長に送り続け、現状打破のための提言を積み重ねた。その熱意は、ついに社長を動かした。17年、杉山さんは外商部の部長に昇進する。部長就任に当たり「10人でやっている仕事を、営業6人と自分、計7人で回す」という大胆な外商の改善計画を提示。店売が赤字と知っていたため、学校外商に活路を見いだした。小中高合わせて78校という膨大な教科書供給のインフラを背景に、学校現場へ深く食い込んでいった。杉山さんは、かつて教師を目指したことがあり、本を通じて地域の子どもたちの教育に関わるこの仕事は、意義深いものだった。
特に注力したのが「ブックフェア」の開催である。当時、店舗の在庫が減り、学校の先生たちから「選ぶ本がない」と言われるようになっていた。その現状を打破するため、1500冊規模、巡回箱80個分もの見本用の本を自ら学校へ持ち込んだ。生徒が直接本に触れ、選書できる機会をつくり、それと同時に、図書室の管理システム導入を提案する営業を展開した。結果として、静岡県東部で約70校に図書管理システムを導入。単に本を届けるだけでなく、学校図書館のインフラそのものを支える役割を担うようになった。
22年、杉山さんは現職の常務に昇進する。この年、同社は旗艦店だった仲見世店を完全閉店した。残ったのは、沼津駅前の商業施設内にある駅北店と、隣接する清水町のサントムーン店の2店舗、そして50年前に倉庫を改造して置いた外商部だった。本社機能は外商部と一体化した。
