日商 Assist Biz

更新

コラム石垣 2019年2月11日号 神田玲子

「わしの目には十年先が見える。十年たったら世人(せじん)にわしがやったことが分かる」。これは、日本で初めて西洋美術を展示する大原美術館をつくった大原孫三郎の言葉だ。日本の古いまち並みを保存している都市、倉敷。黒と白の幾何学模様、江戸時代につくられたこのなまこ壁は、当時の豪商の繁栄を物語る。この地が大原孫三郎を生んだのも、倉敷の歴史と大いに関係がありそうだ。

▼江戸時代、倉敷は幕府の直轄領であった。幕府から派遣された代官がその地を治めることになるが、代官の数が少なく、支配が十分に行き届かない。そこで、庄屋が交代で郡の地域運営に当たることになる。だが、次第に門閥商人が村運営を独占するようになり、新しく力をつけてきた新興商人との間で争いが頻発するようになった。新旧勢力がもめた末、入れ札によって選出された庄屋・年寄が自治を担うことで決着した。

▼こうして幕府の役人だけではなく、民主的な方法で選出された名士に村の運営が任されることとなる。苦心の末に生まれた独自の歴史が、公共心の意識をその地に住む人々に植え付けた。

▼しかし、その後、戦後の歩みはどうか。中央集権、経済優先、大量生産。日本は、自由な自治とは程遠い道をまっしぐらに歩んでしまった。急速に成長するために、われわれが払った大きな犠牲に改めて気付かされる。

▼今、まさに大原孫三郎のような人材が地域で排出されることが求められている。そのためには倉敷に公共性を育てた、自由な自治の精神を根付かせるような仕組みが要る。中央政府による補助金のバラマキ政策では地域への愛着、まして公共の精神は生まれない。倉敷のなまこ壁がそれを物語っている。

(神田玲子・NIRA総合研究開発機構理事)

次の記事

文章ラボ主宰・宇津井輝史

この世界は神が創った。特定の宗教が奉じる神様ではない。ヒトの体ひとつとっても、これほど精緻な設計図を描けるのは神のほかにあるまい。むろん生物は進化する。体を変えてゆ…

前の記事

政治経済社会研究所代表・中山文麿

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が有価証券報告書の虚偽記載や特別背任容疑で起訴された。彼は日産の業績のV字回復を実現し、経営者として名声を博していた。日産は今や企…

関連記事

NIRA総合研究開発機構理事 神田玲子

新型コロナウイルス感染症に翻弄(ほんろう)された昨年は、政治家のリーダーシップの価値を痛感した一年だった。緊急時には、リーダーの采配一つに住民の命がかかる。国や大都市…

コラムニスト 宇津井輝史/NIRA総合研究開発機構理事・研究調査部長 神田玲子/東洋大学大学院国際観光学部客員教授 丁野朗/時事総合研究所客員研究員 中村恒夫/政治経済社会研究所代表 中山文麿

コロナ禍の中迎えた2021年。コラム「石垣」執筆者5人に、今年の展望や日本、そして世界の行方について聞いた。地政学の祖マッキンダーはユーラシア大陸を世界島と呼んだ。歴史…

政治経済社会研究所代表 中山文麿

今回の米国大統領選挙は、トランプ氏を絶対に再選させたくない民主党と熱狂的な支持者からなるトランプ党との戦いだった。トランプ支持者は戸別訪問などどぶ板選挙も行い、前回…