平昌パラリンピックのチェアスキーで新女王が誕生した。埼玉県深谷市出身の村岡桃佳選手だ。 開会式(3月9日)で旗手を務めた村岡選手は、翌朝から行われた「滑降女子座位」で疲れも見せず、硬く難しい雪面を疾走した。最高時速は100㎞以上。途中、バランスを崩して危うく転倒しそうになる場面もあったが、その後も果敢に攻めて銀メダルを獲得した。インタビューでも開口一番に「怖かった」と言ったが、それでも「頭で考えるのではなく攻めた滑りを意識した。ホッとしています」と笑った。
ここから村岡選手の快進撃が始まる。11日のスーパー大回転で銅メダルを獲得。13日のスーパー複合でも銅メダルをゲット。14日の大回転で悲願の金メダルを取ると最終日18日の回転でも銀メダルと出場したすべてのレースで表彰台に上がった。滑降で銀メダルを取った後には「今回(の日程)は私に始まり、私で終わる」とスケジュールの妙を喜んだが、その通りの大活躍だった。
チェアスキーの元祖女王といえば、今回の日本選手団の団長を務めた大日方邦子さん(※)だ。94年リレハンメルから5大会連続出場。98年長野と06年トリノで金メダルに輝き、合計10個のメダルを獲得している。今回5個のメダルを取った村岡選手は、まだ21歳、早稲田大学の学生だ。大日方さんの10個のメダルを越える可能性は十分にある。
その村岡選手は、4歳で横断性脊髄炎を患った。以来、車いすの生活になった。しかし、持ち前のチャレンジ精神でさまざまな車いす競技に挑戦した。スキーを始めたのは中学2年。すぐさま高校2年でソチ大会に出場した。大学はどうしても早稲田に行きたかった。早大スキー部は、数多くの名選手を輩出している。当初は「受け入れ体制がない」と難色を示された。それでも世界レベルで活躍できる選手を対象にした難関の「トップアスリート入試」に合格して、早大初のパラアスリートとなった。
男子の実力者、森井大輝選手(滑降・銀メダル)や狩野亮選手らが難しい雪質に苦戦する中、村岡選手は慎重さと大胆さで出場全レースを滑り切った。平昌に来る前に心に誓ったことがある。「私の次に続くパラアスリートのためにも手ぶらでは帰れない」。その強い使命感で持ちきれないほどのメダルを手に入れた。
春、「桃」香る季節の到来だ。
※本誌5月号の「あの人を訪ねたい」に大日方邦子さんが登場します
写真提供:産経新聞
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