宗家後藤盆
香川県高松市
趣味の漆器づくりを本業に
近年は“うどん県”として知られる香川県は、江戸時代には高松藩が漆器(しっき)作成を振興しており、かつては漆芸王国として知られていた。その香川漆器を代表する五つの漆塗り技法の一つが後藤塗で、これを明治3(1870)年に考案したのが後藤太平(たへい)である。その後、太平はこの技法を使った漆器づくりを家業とし、現在は後藤孝子さんが五代目を継いでいる。
「初代は高松藩の町奉行であった後藤健太郎の次男です。父の健太郎は茶道をたしなんでいて、香川漆器の祖ともされる玉楮象谷(たまかじぞうこく)さんとも交流がありました。その縁から太平は漆の世界に興味を持ち、自分でつくり始めるようになりました。そして玉楮象谷さんと同じものをつくってもだめだと思い、20歳のときに独自の手法である後藤塗を考案したのです」と孝子さん。
次男の太平はいわば分家で、本家の敷地内で漆器づくりをしていた。趣味から始まった漆器づくりだが、太平は明治16(1883)年ごろからつくったものを売るようになり、漆器づくりを本業としていった。その後は息子の定平に後藤塗の技術を伝え、一緒に盆や膳、茶托(ちゃたく)などをつくっていった。本家は太平の兄である健一が継ぎ、茶道の師範をしていたが、その長男の昌吉は小さいころから太平の仕事を見ていて、一緒に漆器づくりをしていた。
「二代目の定平が昭和3(1928)年に亡くなると、後取りがいなかったことから本家の昌吉の息子である良三が三代目を継ぎました。昌吉、良三とも茶道をたしなんでいたので茶道の世界と交流があり、茶道具を主につくっていました」
家庭で使えるものもつくる
後藤塗は、朱(しゅ)の漆を何度も塗り重ねていく技法で、その工程は全部で24工程にも及ぶ。朱の漆の上に透明な渋い漆を塗る重ね塗りのため最初は黒っぽいが、使い込んで数年たつと鮮やかな色になる。また、刷毛(はけ)で漆を塗ったあと、手の指でなでることで表面に非常に細かなデコボコが生じて、独特な文様となるのが特徴となっている。
「後藤塗は芸術的に鑑賞するものではなく、使うことを目的にしてつくってきました。漆の練り方や塗り方は一子相伝で伝わってきたのですが、働いていた職人がほかの工場に移って見よう見まねで始めたりしたことから、後藤塗の技法そのものは高松内で広まっていきました。なので、後藤塗の看板を掲げているのはうちだけですが、後藤塗をやっているところはほかにもあります」と孝子さんは言う。
販売の方法も、つくったものを問屋に卸すのではなく、愛好家を相手に注文制作を行っていた。初代、二代目の時代は、高松にある旅館に作品を展示して、宿泊客からの注文を受けたりもしていた。三代目、四代目の時代になると、京阪神を中心に旅館や料亭などを回り、注文を取っていった。
「大量生産ではなく、注文に応じてつくってきたおかげで時代の波を乗り越えていくことができました。さらに四代目である私の父・昌基は、お茶の道具だけではなく家庭で使えるものもつくって、定期的に京都のデパートなどで個展を開いて一般のお客さまに広めていきました。父は、後藤塗をお茶の道具以外でも使ってもらえる親しみやすいものにしたんです」
若い人が触れる機会を増やす
孝子さんは地元の工芸高校で漆芸を学んだあと、香川県漆芸研究所で香川漆器の技法を習得した。「その中で漆を使ってものをつくることの楽しさを知り、後藤塗を学ぶために21歳のときに家に戻ってきました。それから10年以上、父のそばで作業をして技法を身に付けていきました」
その間、親子3人で後藤塗の制作を行ってきたが、4年前に父・昌基が他界し、孝子さんが五代目を継いだ。「ずっと父と一緒にやってきたので、周囲の方から自然と後継ぎとして受け入れていただけました。今は母と二人でできる範囲の中でやっています。これからは普通のカフェや食堂でも後藤塗を使っていただき、若い人が触れる機会を増やしていきたいです」
そこで最近では、若い人に使ってもらえるよう、食器の表面を強化して傷つきにくくする工夫をしたり、扱いが難しくないことをアピールしたりしているという。
「初代太平が、父の健太郎から言われた言葉が家訓として残っています。それは“仕事は品良く、面白く、角なく”で、品が良く遊び心があれば人から愛され、角がなければ人の心をなごませることができるということです。初代から私まで、その言葉をずっと守って後藤塗の作業を続けています。そして、私の息子はまだ小さいですが、ゆくゆくは後藤塗の技術を継いでほしいと思っています」
後藤塗の一子相伝の技は家訓とともに代々受け継がれ、人々に愛される道具をつくり続けていく。
プロフィール
社名:有限会社宗家後藤盆
所在地:香川県高松市磨屋町4-5
電話:087-851-0786
代表者:後藤孝子
創業:明治16(1883)年
従業員:2人
※月刊石垣2018年8月号に掲載された記事です。
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