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コラム石垣 2018年6月21日号 宇津井輝史

生物はなぜウソをつくのか。ある種の食虫植物は、獲物が好みそうに偽装した葉を罠にして虫をだます。カマキリの一種は鳥の襲撃から身を守るために、周囲の枝そっくりに自らを偽装する。彼らの欺きは生きてゆくための戦略であり、生物に組み込まれた生存システムである。だから人間の勝手な立場でだましていると言ってはいけない。

▼クモはハエの通り道に巣を張る。細く紡がれた糸はハエの目の構造ではとらえられない罠だ。メスアカムラサキという蝶のメスはカバマダラという蝶そっくりに偽装する。後者はまずいせいで鳥に捕食されない。一方、ライオンの集団が狩りで待ち伏せ役を置くのは脚力不足の欠点を補うためだ。だましているにはちがいないが、これらもみな生存戦略の一環である。しからば人間はなぜウソをつくのか。

▼人間社会は約束事で成り立っている。ウソをつけば社会の運営が混乱するという合意があるためだろう。だから製造データを改ざんしたり、賞味期限を偽れば会社の存続が危ぶまれるほどの事態に直面する。

▼昔の大人は「お天道様が見ている」と子どもをたしなめた。ウソは泥棒の始まりと教えもした。お天道様とは一神教の神のような存在だったろう。明治の世、日本はどんな道徳教育を施しているのかと、欧州の法学者から問われた新渡戸稲造は答えに窮した。のちに『武士道』を著したのはこの国に倫理規範がないのを痛感したためである。

▼藩を治める大名が民をまとめ、幕府が大名を統べる体制が一新されて150年。立派な近代国家を建設したが、戦後社会は「良心の痛み」を司る内なる神の存在を薄めてきた。もしも何らかの事情で、蔓延するウソが致死量に達すれば、社会は死ぬ。

(文章ラボ主宰・宇津井輝史)

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