日商 Assist Biz

更新

あの人を訪ねたい シブサワ・コウ

「お客様のニーズに応え、自分自身のアイデアを組み込み、技術的な進歩も活用する。そうすれば、前とは違うサプライズを伴った面白さを提供することができる。ゲームを愛している限りはつくり続けていきたいと思います」

『信長の野望』『三國志』など歴史シミュレーションゲームを代表作とする株式会社コーエーテクモゲームス。創業者でコーエーテクモHD代表取締役社長の襟川陽一さんは、尊敬する日本資本主義の父・渋沢栄一と旧社名「光栄」に由来する〝シブサワ・コウ〟の名でこれらの作品を生み出してきたゲームクリエイターでもある。平成28年1月現在、『信長の野望』は第1作発売から32年、『三國志』は30年と、どちらもゲームでは異例の超ロングヒット作だ。長くお客さまに愛される商品づくりの秘訣を〝2つの名を持つ男〟襟川さんに聞いた。

染料工業薬品の販売会社からゲーム会社へ転業

戦国時代を舞台に、大名家の当主となって全国統一を目指すゲーム『信長の野望』。昭和58年に第1作が発売された。襟川さんは、この作品で日本のゲーム市場に〝歴史シミュレーション〟という新しいジャンルを確立した。それから30年以上がたち、65歳を超えた現在も、経営者としてだけでなく現役のゲームクリエイター〝シブサワ・コウ〟として活躍を続けている。

「仕事とは別に、プライベートでも平日4時間はゲームをします。土日は何もなければ一日中(笑)」と、自他ともに認めるゲーム好き。ゲームを語るときに見せる無邪気な笑顔から、本当にゲームが好きで、それを仕事にした人なのだと感じられる。そんな襟川さん率いるコーエーテクモゲームスは業界を代表する大企業の一つ。しかし、もともとは染料工業薬品の販売という、全く畑違いの業種の会社だったというから驚きだ。

「わが家は栃木県足利市で、祖父の代から続く染料工業薬品販売の会社でした。しかし、父の代で廃業。私にはなんとか自分の手で家業を再興したいという気持ちがあり、昭和53年、同じ業種の株式会社光栄(平成22年に現社名に商号変更)を立ち上げました」

しかし、現実は厳しかった。繊維産業が不況という時代背景もあり、思ったように売上は伸びず、努力が報われない日々が続いた。

「自分は経営者に向いていないのではないかと思いましたね。もっと勉強しなくてはと、本屋に行ってさまざまな経営者や成功者の本を読みました。そのとき偶然出合ったのが『マイコン』という雑誌です。これが、のちのゲーム制作への第一歩となります」

1980年代当時は、パーソナルコンピュータのことをマイクロコンピュータ、通称マイコンと呼んでいた。雑誌『マイコン』には、マイコンが業務の効率化に役立つほか、さまざまな分野で多岐にわたって活用できると「まさに夢のような話が書かれていました」(襟川さん)。心ひかれた襟川さんだが、会社運営がうまくいっていない状態で、当時一台26万円以上という高価な代物を手に入れることはできなかった。

「でも、家内(恵子さん)にその話をしたら、なんと私の誕生日にプレゼントしてくれたのです(笑)。本当にうれしかったです。自分はマイコンとの相性がよかったのか、一気にマイコンの世界にハマっていきました。在庫管理、財務管理、見積もり……業務に役立つソフトをいくつもつくりました。そして終業後、趣味としてゲームソフトをプログラミングし始めたのです」

趣味として始めたゲームづくりだったが、次第に、自分がつくったゲームの面白さを理解してくれる人がいるのではないか、という期待を持ち始めた襟川さん。あるとき、そのゲームを通信販売することにした。「それがゲームビジネスのスタートですね。タイトルは『川中島の合戦』。カセットテープで、値段は3500円くらいだったと思います。トータル一万本以上は買っていただけました」

この出来事を機に染料工業薬品の販売会社からゲーム制作会社に転業。ただし、単にゲームが売れたから転業したというわけではない。ゲーム制作のプロセス自体に強くひかれたことが、転業の理由だったと襟川さんは言う。

「売れたことはもちろんうれしかったです。でもそれ以上に、お客さまからお電話やお手紙でご意見をいただけたことがうれしかった。そして、ご意見を反映して次の作品をつくっていく、お客さまとコミュニケーションをとりながらゲームをつくり上げていくという、そのプロセスに非常に大きなやりがいを感じたのです」

作品づくりに大切なのは「サプライズを伴った面白さ」

創業から2年後にゲーム制作へと業種転換。その3年後に『信長の野望』を発売した。数年おきにシリーズ新作を発表し続け、最新作は平成25年発売のシリーズ第14作『信長の野望・創造』。昭和60年に発売された『三國志』も同様にシリーズ展開され、平成27年12月にはシリーズ30周年を迎え、翌1月にはシリーズ第13作を発売するという、他に類を見ない超ロングヒットシリーズとなっている。お客さまに長く愛される作品をつくり続ける、その秘訣とは一体何なのだろうか。

「ファンの方が応援してくださるからこそで、自分ではなかなか分からないけれど……(笑)」と笑いながらも、襟川さんが教えてくれた答えは「常にサプライズを伴った面白さを提供すること」。さらに、そのために大切なポイントは3つあると教えてくれた。

「まず一つは、お客さまのニーズをくみ取ることです。例えば、最初の『信長の野望』は中部地方の17カ国の国取り物語でしたが、それ以外の地域にお住まいの方から『なんでウチの地域は出てこないんだ』という声をいただきました。皆さん、自らの地が誇る武将に活躍してほしいんですよね(笑)。そこで、次作は全国の武将を登場させることでニーズに応えました。次に大切なのがクリエイターである自分自身のアイデアです。私自身、ゲームを考えるのが大好きですので、常に『こうすれば面白いんじゃないか』という要素をいくつも持っています。それをしっかりと作品に盛り込むことですね。そして三つ目に大切なことは、技術の進化にきちんと対応していくことです。例えば、最初はピコピコという電子音しか出せなかったのが、音楽が出せるようになる。カタカナ表記だけだったのが、漢字が使えるようになる。繊細で鮮明な画像ができるようになったり、動画が使えるようになることで、顔の表情、喜怒哀楽が出せるようになったりする。そういった、技術の進歩により可能になることはたくさんありますから、遅れることなく対応していくことです」

この3つのポイントを押さえながら、毎回新しい、サプライズを伴った面白さを提供することを意識してきたという襟川さん。それが、ファンに飽きられることなく愛され続けてきた要因だといえそうだ。

「何より、次回作を心待ちにしてくださっているお客さまの期待感が原動力ですね。楽しみに待ってくださっているからこそ、こちらも良い作品を提供し、お客さまが喜ぶ顔をぜひ見たいと思うのです。お客さまが喜んでくださる顔。これ以上のゲーム開発者冥利(みょうり)はありません」

ゲームが好きな限りクリエイターでいたい

現在、コーエーテクモゲームスでは約2000人の社員が働いている。襟川さんはこう話す。

「社員が本当に楽しんで仕事をして、その成果が会社全体の発展につながる。それが社員の待遇の向上につながって、それがバネとなりさらに良いコンテンツが生まれる……そういう良いサイクルを生み出していきたいですね」

経営者、クリエイターという二足のわらじを履き続けて35年近くがたつ。一見、相反するようにも思える二つだが、その根本は同じなのだという。

「何か新しいものをつくり出していくクリエイティブな仕事も、経営をして社会に新しい価値を提供していくということも、基本的に方向性は同じだと思いますね。もちろん、人の中でもまれ、厳しい交渉をするといったようなことも、経営者の仕事にはあります。でもそれは一つのプロセスです。それを乗り越えて、より良い会社にしていくということも、一つのクリエイティブな仕事だと思っています」

経営者もクリエイターも根本は同じで、どちらも魅力的でやりがいがある……。でも、実際のところどちらが好きですか? そんな質問には、笑顔で即答してくれた。

「やっぱりゲームをつくっている方が楽しいですね(笑)」

今後の目標については、経営者とクリエイター、その両面の視点で答えてくれた。

「経営に関しては、次の世代に担ってもらうよう準備を進めています。後進を育て、会社をより良い方向へと引き継いでいってもらいたいと思っています。でもクリエイターとしては、自分がゲームが好きで、毎日ゲームをしている限りは続けていきたい。何歳までできるか分かりませんが、ゲームを愛している限りはつくり続けていきたいと思います」

こう語る襟川さん。この笑顔が消えない限り、襟川さんは「シブサワ・コウ」としてユーザーに愛されるゲームを生み出し続けていくのだろう。

シブサワ・コウ/襟川陽一(えりかわ・よういち)

株式会社コーエーテクモホールディングス 代表取締役社長

1950年、栃木県足利市生まれ。慶応義塾大学商学部卒。1978年に株式会社光栄を設立、2年後にゲーム開発に業種転換。83年に『信長の野望』で歴史シミュレーションという新ジャンルを確立。85年に発売された『三國志』シリーズとともに超ロングヒット商品として、今も多くのファンに愛され続けている。94年には日本初の女性向け恋愛シミュレーションゲーム『アンジェリーク』を発売し、3Dアクション『無双シリーズ』開発を手がけるなど、常にゲーム業界に新しい風を吹き込んでいる。ゲームクリエイターとしては、コーエーテクモゲームス ゼネラルプロデューサー シブサワ・コウ名義で活動する

写真・矢口 和也

次の記事

女流棋士/第35・36期女流王将

盤上を見つめる厳しい表情は勝負師のものだが、普通の女子大生としての顔も持つ。22歳の香川愛生さんは、日本将棋連盟所属の女流棋士である。平成25年、26年と女流王将を獲得。…

前の記事

振付師/タレント

昭和59年にダンサーとしてデビューして以降、長く振付師として業界の第一線で活躍を続けているラッキィ池田さん。数多くの楽曲、CM、映画などでその手腕を振るってきた。特に…

関連記事

スポーツコメンテーター

1988年のソウル五輪でシンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)のソロとデュエットで銅メダルを獲得した小谷実可子さん。現在はスポーツコメンテーター…

作家

わが国の商工会議所の生みの親ともいえる渋沢栄一の『論語と算盤(そろばん)』の現代語訳を執筆し、「最も読みやすい」と34万部のベストセラーを記録した作家の守屋淳さん。守屋…

脚本家/映画監督

脚本家として「ラブストーリーの神様」と愛され、日本中の女性を恋する乙女に変えてきた北川悦吏子さん。代表作は、ドラマ『あすなろ白書』『愛していると言ってくれ』『ロング…