松戸市は常磐線の直通電車に乗ると、東京駅まで約30分の距離にあります。今は東京と隣り合わせた住宅都市のイメージがありますが、江戸時代には江戸川の舟運と水戸街道の宿場町として栄えていました。特に水戸徳川家とは縁の深い土地柄です。現在も松戸に残っている水戸家11代藩主徳川昭武の別邸(戸定邸)は国の重要文化財であり、庭園は国の名勝となっています。他にも「矢切の渡し」やアジサイ寺として有名な「本土寺」などもあります。このように松戸市は豊かな自然を持ち、利便性も高い非常に住みやすいまちです。
当店の初代が呉服太物商として創業したのは、天保10(1839)年。水戸街道沿いに出店してから今年で176年目になります。私は6代目、代々呉服・衣料品を扱い、地道に商売を続けています。
戦後になると、松戸市の人口は、大きく増加しました。この結果、近隣からも多くの買い物客が集まるようになり、当店も昭和40年頃に隆盛を極めます。当時、地方の大きな呉服店は百貨店を目指す時代。しかし、父(5代目)はその流れにはのりませんでした。呉服一本に絞り、徹底して専門化を図る道を選んだのです。
私は、大学卒業後に青梅市の呉服屋で3年間の修業を経て入社。平成元年に42歳で社長に就任し、6代目を継ぎました。これまで取引先を大切にし、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の〝三方良し〟の精神で「地元の葛西屋」として一歩一歩歩んできました。
創業以来、当店が呉服商として、明治維新や第二次世界大戦など、多くの困難を乗り越えることができたのは、伝統を守りつつ、時代に沿った新しいものを取り入れていくという「不易流行」を経営理念に掲げ、〝家業〟を維持してきたからだと思っています。
商売は、間もなく7代目の長男にバトンタッチする予定です。未来をつむぐ「日本の文化・伝統」を大事にして、商いを続けてほしいと願っています。江戸の昔から連綿と伝えられてきた職人の技は、わが国の産業発展の礎となったもの。呉服の世界に限らず、自然の素材を生かしながら、外国からの技術の導入などにも柔軟に対応し、その技を磨いて本物をつくり上げていく職人の努力が日本を支えてきたのです。これからも、何が「本物」であるかを見極める目を持ち、「本物」を残していくことが絶対必要なことであると考えています。
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