長崎に創業して125年となる老舗和洋菓子店、梅月堂。同店が1955年に生み出した「シースクリーム」が発売以来、不動の人気と売れ行きを維持している。見た目は至極シンプルなショートケーキだが、甘味にはうるさい長崎の人の舌を満足させる秘密はどこにあるのか。誕生から六十余年の軌跡をたどる。
バタークリームの時代に生クリームのケーキを創作
地元ではメジャーなのに、他県にはあまり知られていないご当地銘菓は結構多い。長崎で誕生した「シースクリーム」もその一つだ。
これは1894年に創業した老舗和洋菓子店の梅月堂が、1955年に発売したショートケーキである。きめ細やかなスポンジにカスタードクリームをサンドし、飾りに生クリームを絞って黄桃とパイナップルをのせたものだ。オーソドックスな組み合わせだが、甘味にうるさい長崎の人の味覚を捉え、発売以来、同店の売り上げナンバーワンの地位を不動のものとしている。まさに長崎生まれ長崎育ちの、長崎弁で言う「じげもん」のケーキだ。
「考案したのは私の父、3代目久喜です。それまでのケーキといえば、バタークリームやカスタードクリームが主流でしたが、これからは生クリームの時代になると確信して、つくったのがこの菓子だったんです」と、4代目で社長の本田時夫さんは説明する。
バタークリームが使われていた背景には、生クリームより安価なこともあるが、保存の問題が大きい。かつては冷蔵ショーケースが普及していなかったため、常温でもある程度保存の利く素材である必要があったのだ。しかし、徐々に冷蔵ショーケースが普及してきたのを受け、同店ではいち早く“生クリームありき”の新ケーキづくりに乗り出した。
シンプルな組み合わせが日本人の味覚にフィット
当初は生地を鉄板に細長く絞り出して、そのままオーブンで焼いたため、スポンジは楕円形をしていた。二つのスポンジでカスタードクリームを挟み、トッピングに生クリームをのせて、両端をチョコレートでコーティングするというのが基本形だ。
「そこに彩りとして、缶詰のチェリーや黄桃を添えました。冷蔵ショーケースがあっても、まだ生のフルーツをのせるのは抵抗があったので、使うなら缶詰がいいと思ったのです。シロップ漬けだから甘みもありますしね」
こうして完成したのが、初代シースクリームだ。ケーキの形が“豆のさや”に似ていて、さやを表す英語が「sheath(シース)」だったことが、名前の由来だ。
「これには後日談がありまして。さやはさやでも、sheathは“刀のさや”のことで、“豆のさや”は“pod(ポッド)”が正解だったんです。それに気付いたのは、発売から50年以上も経った後のことで、もう変えられません。そこで誤解がないように、“sheath”から“ceece”という意味を持たないつづりに変更して、正真正銘、梅月堂オリジナルの名前になりました」
1955年、長崎市内の小売店ではおそらく初となる生クリームケーキが発売された。当時の販売価格は1個40円くらいで、他のケーキと比べて高価だったが、一度食べた人の多くがリピート買いするようになる。瞬く間に一番人気となり、店では製造が間に合わなくなったため、新工場での量産体制に切り替えた。それに伴って、枠に生地を流し込み、焼き上がったスポンジを四角くカットした現在の形となった。またチョコレートコーティングをやめて、スポンジ+カスタードクリーム+生クリームの組み合わせにした。トッピングのフルーツもいろいろ試した結果、缶詰の黄桃とパイナップルに落ち着いた。
「現行の形状に固まった1962、3年ごろには、工場から配送されてきた商品をショーケースに並べるそばから売れていき、閉店まで残っていることはほとんどありませんでした」
地元から評価されるものをつくり続けたい
同商品のすごいところは、同店不動の看板商品となって以来、現在まで売れ行きが落ちることなく維持され、推移しているということだ。購入者のほとんどが長崎市民か、市内の通勤・通学者に限られているにもかかわらず、平日で平均800~1500個、週末は平日の2~3倍が売れるという。さらに2009年に全国ネットで放映中の「秘密のケンミンSHOW」で紹介されたときは、一時的に1日平均3000個、多いときは1万2000個が売れ、「これ以上は工場がパンクしてしまう」(本田さん)という事態になった。
「当店は現在12店舗を展開していますが、いずれも市内なので、基本的にお客さまは市内の人で、ご自宅用か贈り物で購入するケースがメインです。2010年の初めに冷凍での全国配送を開始してからは、遠くに嫁いだ娘さんや親せきに贈ったり、県外に住む長崎出身者がお取り寄せされたりするケースも増えています」
同商品がここまで長崎の人に愛されているのは、小さな頃から“刷り込まれた味覚”だからでは、と本田さんは分析する。初めて食べた生クリームの味=シースクリームという記憶が、大人になっても残り、自分の子どもや孫に食べさせるうちに、子どもたちも大好きな味になる。おいしい記憶として刷り込まれた味覚はなくならないため、季節の生フルーツがトッピングされたショートケーキが存分に味わえる現代においても、缶詰の黄桃とパイナップルがのったケーキが食べたいのだ。
「長崎の人は甘味、特にカステラに対する評価が厳しい。ですからスポンジ生地の風味や風合い、カスタードクリームや生クリームとのバランスには常に神経をとがらせています。長崎に育ててもらったケーキなので、今後も長崎の人に『おいしい』と言ってもらえるように精進したい」と本田さんは会心の笑みを浮かべた。
会社データ
社名:株式会社梅月堂
所在地:長崎県長崎市浜町7-3(本店)
電話:095-825-3228
代表者:本田時夫 代表取締役
設立:1958年
従業員:80人
※月刊石垣2019年1月号に掲載された記事です。
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