伊豆半島が、この9月に世界ジオパークに正式推薦されることになりました。静岡県三島市は、その伊豆半島の玄関口に位置しています。富士山に降った雪や雨が伏流水として湧き出ており、豊かな水に恵まれているまちです。
また、2月には東駿河湾環状道路と伊豆中央道が接続。これにより行楽時期の市内の交通渋滞が大幅に緩和されました。さらに、6月には圏央道(首都圏中央連絡自動車道)も開通し、北関東や首都圏からの交通アクセスが格段に向上しました。良質な水と優れた交通アクセスから繊維、自動車、工作機械などの生産拠点があります。最近では静岡県の富士山麓先端健康産業集積(ファルマバレー)構想と先端医療総合特区に指定されたことにより、医療機器・医薬品関連産業の進出も期待されています。
私は三嶋大社近くの商店の次男として生まれました。終戦直後の商店の子どもは家業の一翼を担うことが当たり前。私も家業である燃料・ガラス店を手伝いながら育ちました。燃料炭やまきの種類を覚え、ガラスは最適な大きさに切り分けて、ガラス枠にはめるという経験をしました。その後、私は、取引があった三島信用金庫に勤めることになります。
当金庫の創業者である大村善平は、明治44年に一般の商工業者が、事業資金の手当てを個人金融などに頼るしかない地域の実情を憂い、三島信用金庫の前身「三島信用組合」を設立しました。基本理念は「共存同栄」。大村は10年間、役員報酬をもらわない約束をするなど、大変な苦労をします。そして、10年後にようやく女性事務職員を1人採用することができたといいます。その三島信用金庫も現在では店舗数50、会員数6万3000人、預金量8000億円(平成26年3月)までに成長しました。
私は、仕事の傍ら地域の奉仕活動もしています。30歳のとき、地域奉仕と青少年の健全育成に取り組むワイズメンズクラブ国際協会東日本区の会員となりました。地下道清掃や公園のペンキ塗り、養護園の児童支援など、家族で奉仕活動に取り組んできました。当金庫で取り組んでいる女性の活躍を促す「ポジティブ・アクション」の原点がここにあるのではないかと思います。今後とも三島地域のさらなる活性化を目指し、自らが率先して行動を起こしていきたいと考えています。
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