目細八郎兵衛商店
石川県金沢市
加賀前田藩より古くからある「めぼそ針」
金沢といえば、まず前田藩・加賀百万石の城下町が思い浮かぶ。藩祖・前田利家が金沢城に入ったのが天正11(1583)年のこと。その8年前から金沢の地で針の製造販売をしていたのが、目細八郎兵衛商店だ。成形の難しい絹針の目穴(目度)に初代八郎兵衛が独自の工夫を凝らし、糸が通しやすくて先が鋭い優良な針をつくり上げた。そして、それが評判を呼んだ。やがて、加賀藩主より針の名前として「めぼそ」を拝領する。
「東別院さんにお参りに来た方が針を買ってお帰りになる。それで、店の前の通りは目細通りというんです。縫い針の需要は随分と減ってしまいましたが、加賀繍をはじめとする金沢の伝統工芸や地元産業の方には今でも愛用されています。それに、最近は若い女性向けにかわいいセットも売り出し、人気を集めているんです」と二十代目の目細勇治さんは語る。
釣り針にも展開
「めぼそ針」に次いで、明治時代以降はアユ釣りに使う「加賀毛針」を製造販売するようになる。その裏には、江戸時代から続いた加賀藩のアユ釣りの歴史が大きく関係している。
江戸時代、外様大名の前田家には幕府から厳しい監視の目が向けられていた。武芸を積極的に奨励すれば、謀反の疑いを招いてしまうかもしれない。そこで、武士たちの間に、足腰の鍛錬になると釣りが盛んになったのだという。
金沢を流れる浅野川、犀川でのアユ釣りは、毛針を使っていた。囮アユを使う方法は、武士道にもとると考えたのであろう。やがて、武士たちは釣果だけでなく、毛針の美しさにもこだわるようになる。それが「加賀毛針」という今日の伝統工芸品へと発展していく。
明治に入ると、庶民の間にも川釣りが許されるようになり、多くの毛針職人が生まれた。目細八郎兵衛商店が加賀毛針を扱うようになったのも、そのころからである。
十七代目の目細八郎兵衛が、明治23(1890)年「第3回内国勧業博覧会」に加賀毛針を出展し、褒状を受賞。加賀毛針の品質と名声が広く全国に伝わった。
「しかし、すでに明治の終わりごろは、毛針でアユ釣りを楽しむ人も減少気味だったそうです。そこで、針だけを扱うのではなく、竿も販売するようになり、釣り道具の販売・卸を商売の核に据えるようになったようです」
伝統の技を継承するだけでは、商店を支えるのが難しくなったのだ。ただ、目細針、加賀毛針の歴史を守り、受け継いでいくことも、決しておろそかにはしなかった。そのDNAは、現在も目細八郎兵衛商店に脈々と受け継がれている。
仙台で運命の出会い
「私は、次男だったので家業を継ぐという意識はありませんでした。だから、高校も工業高校へ行き、地元の紡績会社の電気設備の仕事に就きました。ところが、兄が大学を卒業して4年目で公認会計士の試験に合格したのです。家は誰が継ぐんだという話になりました。ちょうどそのころ自分のやりたいことは、今の仕事だろうかと疑問に思っていたものですから、自分が目細八郎兵衛商店を継ぐと両親に申し出ました」
まずは、他人の飯を食うべきだということで、仙台の釣具卸の会社へ修業に行った勇治さんは、そこで由佳夫人と出会うことになる。そこで5年を過ごし、金沢に戻ってきた勇治さんは翌年に仙台で由佳さんと結婚する。
「老舗の後継ぎなら地元で式を挙げるのが普通かもしれません。でも、私の場合、社内恋愛ですから、仙台での挙式は自然の流れでした。それと、どうしても老舗だと、親のすすめでどこかのお嬢さまと結婚することが多いかと思いますが、そういうことでもなかった。それも良かったですね。嫁は、毛針職人の修業をしてくれたし、経理も見てくれます。彼女には本当に感謝しています」
アクセサリー分野に挑戦
毛針の技法を生かして、アクセサリーをつくることも、由佳さんのアイデアがあったのは間違いないだろう。そのきっかけを勇治さんはこう説明する。
「毛針職人は、戦争を境に男性が減ってしまい、女性職人が増えました。現在、県内で毛針職人はわずか10人程度ですが、そのうち8人が女性。うちがアクセサリーを手掛けるようになったのも、女性の関心を集めて毛針職人の後継者を確保するのが第一の目的でした」
アクセサリーは毛針同様、クジャクやヤマドリ、キジ、ホロホロ鳥などさまざまな鳥の羽を使い、色鮮やかに仕上げる。最初は、釣り用具と一緒に店内に置いていたが、目立たない。そこで、すぐ近くにギャラリーを開いたのだという。平成23年3月3日のことだった。同じ3月3日に由佳さんが目細家に嫁いで、15年が経過していた。
金澤表参道(横安江町商店街)に面したギャラリーには、ブローチやネックレス、ピアス、コサージュなど約100点のアクセサリーが並んでいる。また、オーダーメードで婚礼用の髪飾りも販売している。
また、JR金沢駅から近江町市場への通り道にある店内には、市民だけでなく、観光客も立ち寄り、一つひとつ丁寧に見入っている。
「加賀毛針の伝統技を生かしたフェザーアクセサリーを生み出したのも、新しいものづくりが伝統を守るという思いからです」と言う勇治さんの思いは、しっかりと実を結んでいるようだ。「アクセサリーを実際に製作してもらう体験コーナーも設けています。ここでは、加賀毛針づくりの伝統的な技を、フェザーアクセサリーの製作過程で体験できます」と勇治さんは微笑む。
来年3月14日、北陸新幹線が開業し伝統工芸と歴史のまち・金沢の新時代が幕を開ける。創業440年を迎える目細八郎兵衛商店の新たな挑戦も始まるはずだ。
プロフィール
社名:株式会社 目細八郎兵衛商店
所在地:金沢市安江町11番35号
電話:076-231-6371
代表者:目細勇治代表取締役(二十代目)
創業:天正3(1575)年
従業員:5人
※月刊石垣2014年10月号に掲載された記事です。
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