平金商店
岩手県盛岡市
大きな試練に負けず2度の再スタートを切る
南部氏による盛岡築城から400余年、盛岡は岩手県の県庁所在地、北東北の交通の要衝として栄えてきた。その盛岡城址からほど近い肴町商店街に、事務用品・事務機器・文房具販売からオフィス環境の整備までを行う総合オフィス商社・平金商店の本社がある。創業は明和4(1767)年。創業時は、旧・油町において近江屋の屋号で酒造業を営んでいた。明治9年、新政府に対する債務支払いのため、家屋敷、店舗、酒造設備の一切を手放すこととなったが、12年に、ところを同じ盛岡の十三日町に変え、心機一転、お茶や紙類などを商うようになったのが、今日の業態の原点だ。
「特に設備など無くても、仕入れて売るという行商ならばと始めたらしいのですが、冬になっても足袋一足買えず、素足にわらじばきで荷車を引く悲惨な生活だったと聞いています」と当時の様子を説明してくれたのは、九代目に当たる平野佳則社長だ。
その後、17年に当時の盛岡中心部を焼きつくしたという「監獄大火」に見舞われ家財の全てをも消失してしまう。だが、六代目の平野金八さんは呉服町に店舗を借り、店では墨、硯、そろばん、物差しなどの商品を置き、官公庁や軍隊に商品を納めるようになる。そして、21年に肴町商店街の中心に進出。しかし、事はなかなかうまくは運ばなかった。
「太平洋戦争の末期、軍の命令で蔵だけを残して店舗・住居とも取り壊されてしまいました。戦後、私の父・八代目平野啓三があらためて会社を設立し、再出発したのが昭和24年のことです。私は、明治12年と、この年を平金の歴史で2度訪れた再スタートのときだったと考えています」
大震災であらためて知った地域に根付いた店の価値
「もともと小売業ではなく、納品業、つまりお客さまのところを訪問してご注文を承るスタイルでした。お客さまとの対話などを通じて世の中の変化を感じ、扱う商品を拡大していったのだと思います」
佳則さんが九代目として会社を継いだのは平成17年。小学校4年生のとき色紙に自分の手形をつき、「平金を継ぐ」と将来像を書いていたというから、事業の継承は自然な流れだったのだろう。
「小さいころから自宅に社員の方が下宿していたり、正月には多くの方がお見えになったりという環境で育ったものですから、家業という意識が強かったんでしょうね。社長就任後は事業の再構築に着手しましたが、これはまだ完了していません。永遠に続くのかもしれませんね。常に新しいことにチャレンジすることが、平金の伝統なのかもしれないなとも考えます」
社長就任から6年たった平成23年3月11日、東日本大震災が東北地方を襲った。「ちょうど東京出張から戻ってきたばかりで、地震が発生したときは会社の自室にいました。揺れが少し落ち着いてからは従業員の安否確認、店舗・倉庫の状況把握などの対応に追われ、従業員全員の安否が確認できたのは3日後のことでした」。
佳則さんが心を砕いたのは自社のことばかりではなかった。「岩手沿岸部には取引先である同業の販売店も多くあり、道路の封鎖が解けると同時に、店舗復旧の手伝いに行きました。宮古、大船渡の文具店は浸水しただけで建家は無事でしたが、陸前高田の伊東文具店さんは店舗ごと流され、社長夫妻とご長男が行方不明という状況でした」。
伊東文具店は、陸前高田のショッピングセンターにあり、平金商店で設計施工。オープン以後、順調に売上を伸ばしていた中での被災だった。「一日も早く商売を再開してもらいたい」の一心で、佳則さんは陸前高田を何度か訪れる。しかし、その当時伊東会長はすぐに仕事に向き合える状況ではなかった。何度か訪問する中で「この地域が復興するためには文具店・書店が必要です、このまちに欠く事のできない店です」という佳則さんの思いが通じたのか、ついに伊東会長から「頼む」の一言があった。そして、震災から約1カ月後の4月15日には12坪の仮設店舗がオープン。家族連れや仕事を再開しようとする人が、筆記用具、帳簿類など文房具を買いに来てくれる姿を見て、佳則さんは地域に根付いた商店の価値にあらためて気付かされたという。
地域に流通するお金を増やし地元を元気にしたい
「盛岡の美しさが大好きです。北にそびえる岩手山(巌鷲山)、まちの中心を流れる河川、人々の心の温かさ、食材のおいしさ、数え切れないほどの美しさが凝縮されたまちです。ここを拠点に商いを続けられること自体がありがたいことだと思います」
地域への愛は、人への愛にもつながる。平金商店では、次世代育成支援対策推進法に基づく「くるみんマーク」を取得、「いわて子育てに優しい企業」認証を受けるなど、子育てに優しい企業であることを目指している。具体的な取り組みとしては「育児時短の対象範囲を子どもの就学前までに拡大」「有給休暇の全日数を1時間単位で取得できるようにする」などとさまざまな制度を整備している。この背景には、佳則さんの「安定した家庭生活があってこそ、初めて仕事に対して一生懸命取り組める」という熱い思いがある。
震災の経験を経て、今、佳則さんの頭には「エネルギーヴェンデ」という考えがある。「ドイツ語で、エネルギー大転換を表す言葉ですが、別に私は反原発でも何でもなく、余計な費用を削り、地域経済を活性化していくために、この考えに賛同しているのです」。
お金の地域外への流出を止めて地域内で循環させることが地域経済の活性化につながる。そのために、各事業所が支出しているエネルギーコストを削減していくのも平金商店のこれからの務めだというのだ。今年7月31日には盛岡の南、紫波中央駅前のオガールプラザに新店舗をオープンした。平金商店の挑戦はまだまだ続く。
プロフィール
社名:株式会社 平金商店
所在地:岩手県盛岡市肴町8番24号
電話:019-624-2121
代表者:平野佳則 代表取締役社長(九代目)
創業:明和4(1767)年
従業員:70人
※月刊石垣2014年8月号に掲載された記事です。
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