長い時間をかけて育ててきた確かな技術力や事業を時代の要求に合わせて、巧みに変貌させ、新分野へ進出。業績を伸ばしている企業がある。今号は時代のニーズを見事にくみ取り、新たな事業展開を成功させている企業を支える地道な人材育成の効果をレポートする。
事例1 独自の職業訓練校設立が航空機分野への進出につながる
山岸製作所(群馬県高崎市)
創業以来、自動車などの精密部品をメーンに扱ってきた山岸製作所は、平成22年に中小企業では日本で唯一、県の認定を受けた職業訓練校「ヤマギシテクニカルセンター」を設立。これが社員のスキルアップだけでなく、会社の知名度アップや、採用にも好影響が出るようになり、念願だった航空機分野進出のきっかけとなった。
リーマンショックがきっかけ
山岸製作所は、μ(ミクロン)単位の高精度な切削加工技術を誇り、主にハイブリッド自動車の駆動モーターや半導体製造部品などを手掛けてきた。そうした高品質の製品を継続して供給していくためには、それに関わる人材の育成が欠かせない。こうしたこともあり、同社は「人を生かす経営」をモットーに、テクニカルスキル(技術・技能)だけでなくヒューマンスキル(人間力)の両方の能力を伸ばすことに力を入れてきた。業績も順調に推移してきたが、あるとき大きな転機が訪れる。同社社長の山岸良一さんはこう振り返る。
「きっかけはリーマンショック(20年秋)でした。みるみる受注が減り、年が明けたころには仕事がほとんどなくなってしまいました。社員を遊ばせておくわけにもいかないので、この機会に勉強させることにしたんです」
そこで国の雇用調整助成金を利用し、週3日は工場の稼働をストップして勉強会に充てた。金属加工、検査、プログラムといった技術的なことは、山岸さんと弟である専務が講師を担当する。しかし、それだけでは時間が余ってしまったため、コミュニケーションについても取り上げようと、山岸さんは産業カウンセラーの資格を持つ姉(常務)とともにキャリアコンサルタント養成講座を受講。そこで学んだことを勉強会で取り上げた。
やる気が向上し離職率は低下
成果はすぐに表れた。入社間もない社員やパート社員が三次元測定機など専門的な機械の操作や、機械を動かすためのプログラムの作成ができるようになったのだ。その成果は技術的な側面にとどまらなかった。これまではあまり話す機会のなかった社長や専務らが講師を務めたことで、〝縦〟の会話が生まれ、社内の風通しも良くなった。
翌年の夏の終わりころには仕事の7割が回復。約8カ月間に及んだ勉強会は終了し、工場も平常運転できるようになった。
「勉強会の運営に協力してくれた県の職業能力開発協会の方から、『素晴らしい取り組みなのに、このままなくすのはもったいない。職業訓練校にしたらどうか?』と勧められましてね。そういうのは大手企業がやることと思ったんですが、調べるとその多くが部外者を受け入れていないことが分かったんです。それなら『やってやろう!』と思いました」
金属加工業界はある程度の技術を持った人材を中途採用するケースが少なくない。それでも、「新卒はまっさらなキャンバスのようなもの。育てていくのが企業のつとめだ」という先輩経営者の言葉に感銘を受けたこともあり、同社ではずっと新卒にこだわってきた。
「あるとき、正社員を雇用すると、一人当たり100万円の採用拡大奨励金が支給される制度があることを知ったんです。その年は7人の新卒採用をしていたので、それを元手に倉庫の一角を改造。座学用の講義室だけでなく古い機械を持ち込んで実習できるスペースも確保しました」
新入社員はこうして生まれた「ヤマギシテクニカルセンター」で研修を兼ねて半年間学ぶ。10月からは、中堅社員なども技術力向上の実務研修などを行っている。さらに社外にも門戸を開き、地域の中小企業の人材育成にも貢献している。「当社では経営指針書を毎年つくって社員全員に持たせています。その中に研修や小集団活動、プロジェクトの勉強会など教育関連事項も組み込んでいます。カリキュラムも、この指針書に沿って毎年更新しています」
この取り組みは、社員の技術的なレベルアップだけでなくやる気向上にもつながった。また、会社全体で新入社員を育てるという機運が高まり、離職率も大幅に低下。さらに、この評判を聞きつけ、それまではなかった大卒の入社希望者が現れるようになったという。
社員の成長とともに新領域へ
「この機に次なるステップとして、将来性のある航空機分野への進出を目指そうと思いました。そこで26年にプロジェクトチームを立ち上げて勉強を開始し、27年に航空機産業における品質マネジメントシステムであるJISQ9100認証を取得しました。すると航空機部品の製造を扱っている会社から、当社の薄肉品(高精度を保ちながら極限まで薄く刈り込んだもの)の加工技術を見込んで注文が舞い込んできたのです。まだ認証取得を世間にPRする前だったので、まったくの偶然なんですが。こうして航空機部品の製造実績ができたので、これを足掛かりにして国内だけでなく海外の航空機産業への参入に乗り出そうと思っています」
ヤマギシテクニカルセンターの成功は、社内外に大きな反響をもたらした。今でも県内外からの見学申し込みが後を絶たない。とはいえまだまだ課題は残っている、と山岸さんは続ける。
「今、当社は過渡期。航空機部品のような精度の高いものをやるには、まだ技術が追いついていない部分があります。これからは部品を加工する機械を自社で組み立てたり、プログラムを開発できるくらいにならないと。しかも、海外を相手にするには語学力も必要です。そこで次年度はそれらもカリキュラムに組み込む予定です。そうして『あの人のようになりたい』と目標にされるような人材を育てて、全体のやる気をさらにアップさせたいですね」
数々の受賞歴を持ち、平成24年には「日本でいちばん大切にしたい会社」にも選ばれた同社の取り組みは、まさに人材育成の重要性を証明している。
会社データ
社名:株式会社山岸製作所
住所:群馬県高崎市浜川町590-23
電話:027-360-4100
代表者:山岸良一 代表取締役
従業員:110人
※月刊石垣2016年3月号に掲載された記事です。
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