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コラム石垣 2016年9月21日号 丁野朗

地域の工場・工房や産業遺構などから交流ビジネス(観光)を創出する「産業観光」に長く取り組んできた。激甚公害を経た1970年代以降、多くの企業が広報・CSR活動の一環として工場開放に取り組み、それが今日の産業観光の原点となっている。

▼90年代頃に転機が訪れた。それは、「産業観光」自体が大型・大衆化し、それ自体が収益を伴う事業となったことである。特に食品や飲料、繊維など消費者に直結する事業所では、単に工場を見せるのではなく、「ご覧いただくためのファクトリーパーク化」が進んだ。中には年間数十万人の入場者によって、売上高数十億円といった企業も数多く現れた。こうなると企業は、さらに多くの投資をするようになる。いわば「事業」としての産業観光である。

▼しかし、これらの動きは、基本的に個々の企業のビジネスであった。それが、ここ数年、地域ぐるみともいえる動きが見られるようになった。かつて地域を代表するシルクやコットン(綿)を再生し、多様な事業所や主体が参画して地域ビジネスを創造するといった動きである。

▼山形県鶴岡市では、戊辰戦争後の武士たちの救済事業として始まった「松ヶ岡開墾場」に残る蚕室を活用し、養蚕とシルクの再生を進めている。歴史的建築物である開墾場は、観光的にも魅力があり、再生シルクはブランド土産品としても有望である。また、播州木綿の産地であった兵庫県加古川市では、農業組合が木綿畑を開き、地元の靴下工業組合数社がこれを商品化している。のどかな木綿畑での摘み取り体験と周辺散策に観光客が集まる。こうした地域の産業再生を促す取り組みは、まさに次世代型の産業観光モデルといえよう。

(公益社団法人日本観光振興協会総合研究所長・丁野朗)

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