地元の若い優秀な人材の流出をいかに食い止めるか。人材の流出は、そのまま地域産業のみならず地域の衰退という結果を招く。地方都市の長年の課題である人材確保に挑戦し結果を残している取り組みを取材した。
事例1 会員企業とのネットワークが強み
札幌商工会議所付属専門学校(北海道札幌市)
今年で創立60周年を迎える札幌商工会議所付属専門学校は、商工会議所が運営する全国唯一の専門教育機関だ。全道の商工会議所や地元企業と連携し、そのニーズを反映した実務的カリキュラムと資格取得の奨励により、常に高い道内就職率を実現。地域の人材確保の一翼を担っている。
85%は札幌圏内、96%が道内に就職
札幌商工会議所付属専門学校(CHAMBER ACADEMY=CA)は、昭和30年4月、北海道簿記専修学校として開校した。当初は北海道編物専門学校が運営していたが、高度成長期を迎えて有能な経理技能者の育成が急務となったことを受け、32年に札幌商工会議所が継承した。以来、時代と地域のニーズに合わせた実務教育を推進し、現在4分野6学科を擁するビジネス系専門学校として広く認知されている。同校の最大の特長は、安定した高い道内就職率だ。
「本校は商工会議所が運営し、会員企業とのネットワークが確立されているのが大きな強みです。あらゆる業種のニーズが集まってくるので、それを把握し、学生の希望を踏まえた上でマッチングができます。また、会員企業の協力の下、商業施設や観光施設で体験実習を行ったり、各業界の経営者に今求められる人材について語ってもらう『経営者講話』を開催するなど、社会を知る機会が多いことも、学生の就業意識にプラスに働いています」と校長の鈴木憲隆さんは説明する。こうした成り立ちゆえに、学生には社会の即戦力として活躍できるように資格取得を奨励。実際、各学科では実践的なカリキュラムで授業を行っており、多くの学生が卒業までに複数の資格を取得している。
また一方で、社会人としての意識を早くから身に付けられるように、入学後のオリエンテーションから、あいさつやお辞儀の仕方を練習する。これに加えて授業でもマナー教育や接遇講座などに力を入れている。
「この取り組みも企業ニーズを反映したものです。資格は確かに就職のアドバンテージとなりますが、あいさつができない、コミュニケーションが取れない、やる気が感じられないというのでは話になりません。社会人としての基本についても、折に触れて伝えています」
こうしたきめ細かい指導により、近年の就職率は95%前後で推移。昨年度は96・5%にまで上った。そして、就職者の85%は札幌圏内に、96%が道内に就職。地元の人材確保につながっている。
担任制で学生をきめ細かくフォローアップ
同校で興味深いのが、担任制をとっていることだ。中学校や高校同様、各学科の主要科目を担任が務めることで、学生一人ひとりの学力だけでなく、性格や適性も把握しやすくなる。それを踏まえて就職相談に乗ったり、企業を紹介したりするため、「こんなはずじゃなかった」という両者の齟齬(そご)を減らすことに成功している。
「それでも会社を辞めてしまう子もいます。卒業後何年たっても、学校を訪ねて来れば相談に乗るし、新しい就職先も紹介します。知り合いの社長に直接頼むこともありますしね。逆に、企業から急な退職者が出たときなどに『誰かいない?』と問い合わせが来ることもある。そんなときは卒業生を紹介する場合もあります。これも担任制をとっていて、卒業生が母校を訪ねやすい雰囲気があることが大きいと思うんですよ」と鈴木さん。
在校生の就職だけでなく、卒業生の再就職まで面倒を見ることができるのは、日ごろから企業回りをして、密なネットワークをしっかり構築していることが大きい。また、60年という長い歴史の中で4万人を超える卒業生を輩出し、卒業生が多く在籍する企業や、卒業生自身が社長を務める企業がたくさん誕生している。このことも両者の良好な関係を後押しし、安定した高い就職率を支えている。
魅力ある学科への見直しも検討
とはいえ、課題もある。まず挙げられるのは、学生の意識の多様化だ。不況の影響で就職の厳しかった時代には、資格取得を目指してあえて専門学校を選ぶ学生がたくさんいた。しかし近年では、自分の好きなことだけに目を向け、将来を真剣に考えていない学生も少なくない。
また、高校の進路指導も「何はともあれ大学進学」という方針をとり、専門学校への進学に消極的な傾向もある。また、30~40代の子育て世代や高等学校の若い先生の中には、商工会議所の存在や役割を知らない人も少なくないという。
「現在は、本校の取り組みを広く知ってもらうための活動に力を入れています。例えば、全道の商工会議所と連携して、教職員総出で、高校に説明に回ったり、オープンキャンパスの開催回数を増やすなどです。しかし……」と鈴木さんは続ける。
「近年、逆風を感じる場面が多くなってきているのは事実です。今までのやり方では、学生を確保するのが難しくなってきているのかもしれない。そう考えると、専門学校としての方向性を見直す時期に来ているのかもしれないと感じます。企業からも『もっと語学に堪能な子を採りたい』など、新たなニーズを耳にします。これに対応するためには学科を見直して、魅力ある内容にしていく検討が必要でしょう。さらなる地元の人材確保につなげていくためにわれわれも変わらなければならない」と表情を引き締める。
少子化は確実に進行している。そんな時代だからこそ次代を担う人材の育成は、地域の未来を左右するといっても過言ではない。CAは長年貫いてきた独自の教育に時代の要請も取り入れて次のステージに進もうとしている。
※月刊石垣2015年8月号に掲載された記事です。
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