海外にまで知れ渡った「オールドイマリ」
佐賀県西部に位置する伊万里市。市内には天然の良港である伊万里港がある。かつて、この伊万里港は佐賀藩による伊万里焼の積み出し港で、ここから運び出された陶磁器は長崎の出島を通じて、ヨーロッパに輸出されていった。これらは積み出し港である伊万里港にちなんで「オールドイマリ(古伊万里)」と呼ばれ、ヨーロッパの王侯貴族の間で流行。その名は国内だけでなく、国外でも広く知れ渡った。
伊万里商工会議所の中山武重会頭は「私は伊万里の生まれ。中にいるときはわからなかったのですが、外に出てみると『伊万里』という名前に良い印象を持っていただいていると感じることが何度もありました。そのゆえんは何といっても伊万里焼でしょうね。今でこそ、伊万里牛や梨なども出てきましたが、それも伊万里焼があるからこそ特産物になり得たと思います」と笑顔をみせる。
伊万里焼を磨き上げる
伊万里市内にある大川内山には、江戸時代の佐賀鍋島藩の御用窯が置かれ、朝廷や将軍家などへ献上する高品質な焼き物が焼かれた。佐賀鍋島藩は、その技術の流出を防ぐために関所を置いたほど。これを見ても伊万里にとってどれだけ伊万里焼が大切であったかがわかるだろう。
しかし、以前と比較すると伊万里焼の産業規模は縮小してしまっている。伊万里のベースとなるのは窯業だけに、この活性化が最重点課題であるのは、いうまでもない。伊万里商工会議所も伊万里焼をブラッシュアップし、そのブランド価値を高める取り組みを続けている。 「今の伊万里があるのは、伊万里焼があればこそ。われわれにはこれを将来に残していく義務があると思っています。そのためには、伊万里焼をブランド化し、その地位を今以上に高めていかなければならないと感じていました」(中山会頭)
そこで平成19年、地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト(全国展開プロジェクト)を活用し、「大川内山」のブラッシュアップ事業に取り組んだ。このプロジェクトでは、磁器行燈や狗筥などの新商品開発にチャレンジ。中山会頭は「平成19年ころ、大川内山の窯業の経営者の頭の中には〝新商品開発〟や〝全国展開〟といったことはあまりなかったと思います。私が信用金庫の有田支店長をしていたときも、他地域に比べて新商品を開発する意識が薄いのではないかと感じていました。この事業では新商品開発に取り組むとともに、東京などの展示会にも出展しました。そういった場に出ると、否が応でも他の地域の焼き物との違いが分かってくる。窯業の経営者の方々にも相当な刺激になるはず。それも狙いの一つでした」と当時を振り返る。
中山会頭の狙い通り、この事業への取り組みは、伊万里の窯業が大きく動き出すきっかけになった。大川内山で長年窯業を営む畑萬陶苑の畑石真嗣社長もこう話す。
「ペンダントや風鈴など嗜好性のあるものにチャレンジするきっかけになりましたね。東京ドームなどの展示会に出ていくことで周りからも刺激を受けましたし、参加メンバーとの横のつながりも強くなった。それに今はまさに〝革新〟が必要なときなのだと感じています。伝統を守りつつ、革新していく。これが今の伊万里焼に求められていることだと思います」
他の地域資源も同時に底上げしていく
この流れは伊万里焼と、他の伊万里の地域資源との連携につながっていく。最初のコラボは、「伊万里牛」だ。伊万里牛は最高級の黒毛和牛として知られている。伊万里牛ハンバーグが九州ご当地グルメグランプリにおいて3年連続で1位に輝くなど今や伊万里を代表する食の地域資源だ。
平成20年に伊万里焼と伊万里牛のコラボ企画が始動。ここでは、鍋島文様の丼や重箱などの「蓋物食器」(伊万里焼)や「たたき丼」「すき焼き丼」(伊万里牛)などが開発された。そして、この取り組みは、「伊万里牛の重箱御膳」につながっていく。
伊万里商工会議所の平松保男さんは「『伊万里牛の重箱御膳』は、肉質A4等級以上(5段階評価の上位二つ)の和風グルメを、伊万里焼の重箱に入れたものです。今では市内の参加10店でステーキ重や焼肉重、ハンバーグ重などを食べることができるようになりました」と笑顔を見せる。参加店の中には、重箱御膳のメニューが大手航空会社の機内誌に掲載され、ゴールデンウィーク中に行列ができた店もある。勢いはまだ衰えておらず、重箱御膳が目当ての観光客は後を絶たない。
このプロジェクトで事務局を務めた伊万里2910プロジェクトの事務局長である前田清浩さんは「この取り組みに参加したことで、市内飲食店に『伊万里牛の重箱御膳』というメニューが増えた。それに、そのメニューを目当てにお客さまがやってきて、参加店が繁盛している。忙しい中でも果敢にチャレンジしたお店が報われていることがうれしいです。それに伊万里焼の重箱にも自然に触れてもらえます。重箱御膳目当てに伊万里にいらした方が、伊万里焼を購入するきっかけづくりにもなると思います」と笑顔を見せる。
伊万里焼と、他の地域資源との連携事例は他にもある。例えば、「伊萬里茶」。このコラボでは、パッケージに伊万里焼を活用している。「伊万里というとやっぱり焼き物。せっかくそのイメージがあるのだし、それを使わないともったいないと思いました。伊万里焼の窯元さんに『パッケージに使わせてほしい』と相談したら、『伊万里のためになるのなら』と即OKしてくれました」と山口製茶園の中島幸代代表取締役は話す。また、伊万里焼のイメージから結婚式などの引き出物として使われるケースも増えているという。
「伊万里焼とコラボしたギフトセットもあります。こうすることで他の産地との差別化ができていると思います」(中島さん)
市街地にも人を呼ぶ
伊万里というと、やはり伊万里焼。そのため、伊万里にやってくる観光客の多くは「秘窯の里」大川内山を訪れる。しかし、意外と伊万里の中心市街地には足を延ばさないということが多いという。伊万里市観光協会の德永直也会長は「大川内山に来ていただいた方に、中心市街地にも足を運んでもらうための仕組みが必要だと思っています」と力を込める。
かつては、市内に「伊万里焼会館」という目玉があったが、バブル崩壊後の景気低迷の影響を受け閉館。「何か他に目玉になるものが市内にあればよいのですが。ただ、新たにハコものをつくるというのではなく、知恵を出さなければいけない。重箱御膳や伊万里牛ハンバーグなどはヒントになるはず。それに伊万里には梨をはじめとする果物や、伊万里牛、車エビといった地域資源があるので伊万里ならではの戦略、戦術を考えています」(德永会長)
商工会議所をもっと身近な存在にしたい
中心市街地に人を呼ぶためには、まちが元気に、まちにある企業が元気になる必要があると中山会頭は話す。そして、そのために商工会議所と会員企業の距離を縮めたいとの思いから会員との接点を増やしていく。
「私が会頭に就任したころは、会員と商工会議所の間に距離を感じたことがありました。もっと身近な存在にならなければならないし、職員には会員巡回も増やしてほしいと話しました」
中山会頭が就任してから、毎月1回、定例で報告会が開催されるようになった。この報告会には中山会頭も参加、担当者に直接疑問をぶつけたり、指示を出したりすることもある。この報告会の効果について、伊万里商工会議所の松尾佐智男事務局次長は「実際に巡回の件数も増え、現場の生の声を多く聞けるようになりましたし、経営指導員のモチベーションも上がりました」と分析する。
そして、中心市街地を再生するために、「伊万里で買うBuy! がBuyさがん運動」にも取り組んでいる。これは地域内での消費を促し、地元で買い物をして、地元をより住みやすくしようとする取り組みだ。この運動は今年で8回目の実施となり、地元でも定着してきた。
「参加店で買い物をすると500円ごとにスタンプがもらえます。2万5000円分貯まると一回抽選ができます。景品は参加店や商工会議所の会員企業などに協賛してもらっています。当初は佐賀県の補助があり、県内全域で実施されていました。県の事業が終了し、補助がなくなって他の地域が事業をやめる中でも、伊万里商工会議所の独自事業として継続してきました。その成果か、抽選に応募するカードも、1万枚から3万5000枚まで増えました。感謝のお手紙をいただくこともあります」(中山会頭)
まち全体を磨き上げ積極的なPRを続ける
伊万里には、かつて伊万里焼を世界に運んだ伊万里港がある。現在、近辺は埋め立てられ、工業用地としての活用が期待されている。この伊万里港が今後のまちづくりのカギを握っていると中山会頭は指摘する。
「伊万里港辺りの海は穏やかで、台風などで海が荒れたときに、船が避難してきます。地震や津波が発生する恐れも比較的低い。福岡港のバックアップとしても最適です。行政とも連携して、港を整備し、企業を誘致していきたい。これがうまくいけば、港を起点にしたまちづくりができるはずです。港にモノが集まるようになれば、ヒトも集まるようになる。ヒトが集まるようになれば、仕事も生まれる。そうすれば、人口の減少にも歯止めをかけられるはず」
そして、もう一つ、伊万里にとって追い風がある。平成29年には西九州自動車道が伊万里市内中心部近くまで延びてくる予定なのだ。そうすると、福岡―伊万里が1時間で結ばれることになる。
「こうなると、お客さまが来てくれないことを環境のせいにはできません。どうしたら伊万里で買い物をしてもらえるのか、伊万里に観光に来てもらえるのかを考えていかなければならない。まちの魅力を磨き上げ、伊万里のことを知ってもらうことに今まで以上に力を注ぎたいと思っています」と中山会頭は前を向いた。
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