景観と食に恵まれた地
北海道網走市は北海道東部にある、オホーツク地域の中核都市だ。人口はおよそ3万7000。北の大地「網走」の魅力を一言では言い表すことはできないが、網走商工会議所の中原章博会頭は、その最大の魅力は「景観」「食」にあると指摘する。
「何といっても『流氷』は見ていただきたいですね。そのほかにも復活した『サンゴ草』や、知床半島が一望できる天都山からの眺望も素晴らしいです。天都山には、昨年の夏にリニューアルオープンした『オホーツク流氷館』もありますし、足を運んで損はないと思いますよ」
網走の観光のピークは夏(8月)に加え、流氷の季節(2月)だ。北海道の厳しい冬の季節に観光のピークがあることを見ても流氷がいかに魅力的なコンテンツであるかが分かるだろう。そして、食。オホーツク海や、市内にある5つの湖など豊かな自然に恵まれたこの地には一年を通して豊かな食材が存在している。
「1年を通じて、おいしいものがあります。例えば、カニ。網走では5種類のカニが獲れます。中でもアブラガニ、イバラガニは『幻のカニ』と言われていて、実はなかなか網走の外では食べられません。タラバに似ていますが、タラバよりもおいしいと評判です。ほかにもワカサギ、シラウオ、カキ、鮭、タラ、キンキ、ウニ、ホタテなどの魚介類はどれも絶品。また農産物も自慢です。知名度は高くないですが、網走はサクランボの北限に位置していまして、厳しい寒さを耐えているからとても甘くておいしい。もっともっとPRしたいと思っています」
新たな観光のピークを春と秋につくる
冬と夏に観光のピークがある反面、それを除く期間が、いわゆる閑散期になっている。この時期の誘客拡大に向けて関係者一丸となった取り組みが行われている。中原会頭は「食に関して言うと、春・秋においしいものが多い。それにもかかわらず、この時期の観光が弱い。地域全体で盛り上げないといけない」と話す。また、網走市観光協会の井上範一専務理事も同様の見解を示す。
「観光のピークがある一方、閑散期が長い。網走の四季を通じた魅力をアピールすることで通年化にチャレンジしています」
そこで観光客に人気の高い食材にスポットを当てた取り組みに力を入れた。春はカニ、秋はタラ、いくらを使ったイベントを集中開催。認知度アップとともに効果がで始めている。
「春と秋の旬の食材を生かしたイベントで『おいしい街』を実感してもらいたい。一度味わってもらえれば、リピーターになっていただける自信はあります。特に春の『春カニ合戦』は開催3年目を迎え、店内の飲食店などに全面協力していただいたかいもあって参加者は年々増えてきました。手応えを感じています」(井上専務)
若者の団結から生まれる各団体の連携・協働
「網走は春にカニが空を舞う(春カニ合戦でカニを投げる)のです」と中原会頭は笑う。こうしたイベントの中核となって動いているのは商工会議所青年部をはじめとする「若手」だ。網走市内には各種団体の若手が所属する「青年団体連合会」という組織がある。この連合会の果たしている役割は非常に大きいと中原会頭は話す。
「商工会議所青年部とJCの仲が非常に良いですし、農協や漁協の青年部とも仲がいい。そして、その若手の連合体として、青年団体連合会がある。連合会の活動を通じて、若手同士の連携が深まる。そして青年部同士の連携が、いわゆる親会同士の連携にも良い影響を与えています。例えば、『うみ』と『大地』の収穫祭という秋のイベントがあるのですが、これは漁業(海)と農業(大地)の連携です。今までにあまりなかったことで、連合会の活動が大きく貢献しています。さまざまな垣根を越えて協力できる地域で一体となって盛り上げる体制があることは網走の大きな強みです」
網走青年団体連合会は発足して、約10年。中原会頭は会頭に就任する際に「オール網走体制の構築のために必要」と考え、その発足を後押ししたという。
「若手のこうした動きは非常に心強いですね。私も、このまちの5年後、10年後が楽しみなのです。青年団体連合会のメンバーが本体の主要メンバーになるわけですから。きっと今よりも各団体の連携はスムーズになっているはずです」(中原会頭)
食品の付加価値向上へ取り組みを加速
優れた景観と食材に恵まれた網走。観光の長い閑散期を克服するために、オール網走体制を構築。これにより業界ごとの連携は急速に深まった。しかし、網走の抱える課題はこれだけではない。
「製造業の出荷額の9割を食料品の製造が占めている。これが網走の特徴です。しかし、残念ながら、食品に対して価値をあまり付加できていない。素材そのものはいいのに、それを生かしきれていない。逆に伸びしろがあるとも言えると思います」(中原会頭)
食品の付加価値向上に向けた取り組みに力を入れる網走商工会議所の尾崎行雄専務理事は、「規格外品の製品化もその一つです。まず商工会議所が先行して事例をつくれば、よい流れが生まれる。意欲ある事業者を後押ししています」と意気込みを語る。地域力活用新事業∞全国展開プロジェクトなどを活用し、地域資源のブラッシュアップを強力に進めている。
そんな中で生まれたのが、「こぐまのいちご」だ。この商品に使われているいちごは、100%網走産。製品はキャンディとラングドシャの二種類があり、息の長い人気を誇っている。「発売してから5年近くたって、徐々に定着しています。26年の夏には、大阪―女満別線で機内販売されたこともあります」(尾崎専務)
そして、この恵まれた地域の食の資源を磨きあげようという流れを「食の研究会」が加速させている。食の研究会では、「網走の農水産物」に価値を付加し、網走の素材を加工して売り出すという道を探っている。現在のテーマはオホーツクの塩。網走商工会議所の白濵敏さんはこう説明する。
「オホーツクの立地を生かした〝塩〟があったらオール網走でものづくりがしやすいと塩づくりに挑戦しました。網走の特産品である小麦と、この塩を使った『麦みそ』の試作をしているところです。個の素材はレベルが高いわけですから、新たなブランド商品をぜひ誕生させたいですね」
もともと豊富な農水産物のある網走。この強力な武器を磨き上げることで、さらにその魅力が増すことは間違いないだろう。
新たな活力を生む大学×経済界×行政
能取湖周辺は日本でも数少ないサンゴ草の群生地として有名だ。サンゴ草とは塩分の多い湿地に生える葉のない一年草で、9月中旬から10月にかけて、サンゴのように美しく赤くなる。網走を代表する景観の一つであることは言うまでもない。
しかし、このサンゴ草は一時、消滅すら危惧される状態に陥ってしまう。このピンチをきっかけにサンゴ草を保護するための大きな動きが出てくることになる。それまでサンゴ草の保護は能取湖地域のみで取り組んできたが、このときから網走市、そして市内にある東京農業大学なども参画。「網走市能取湖サンゴ草再生協議会」が発足したのだ。
中でも東農大の存在は大きかった。その専門的な知見を活用し、サンゴ草が減少してしまった原因を徹底的に調べ上げたのだ。その上で、協議会は調査結果に基づいた対応策を次々に実施。その結果、ついに昨年8月、サンゴ草の復活宣言が出るまでに回復した。
これは、大学が持つ専門性が地域の宝を守った事例だが、ものづくり、まちづくり、ひとづくりの分野でも商工会議所や行政と東農大は連携を深めている。
「商工会議所は、東農大、市と13年に包括連携協定を締結しました。大学という専門性を有する教育組織の力も借りて、地域の活性化を図るとともに、未来の網走を担うリーダー人材を輩出していければと思います」(中原会頭)
5年後、10年後のグランドデザインを描く
若い力を生かした中長期ビジョンの策定に向けた取り組みも本格化している。
「網走を良くしていく、という大きなプロジェクトが1年で完結するはずがありません。たとえ1年単位のプロジェクトであっても、それが同じ方向を向いていなければいけないのです」(中原会頭)
こうした考えに基づき、網走商工会議所は5年後、10年後のグランドデザインを描くために特別委員会を発足させた。現在、網走が抱える問題をさまざまな角度から分析し、その克服、将来の目標を議論しているところだ。
「この特別委員会の最大のテーマは人口減少にどう対応していくかということ。網走で人口減少が課題だと言い始めたのは商工会議所です。網走に住んでもらうためには、安定した仕事が必要になる。ということは、人口減少問題はビジネス環境がしっかりしないと解決しない。経済界が先頭に立って動く必要があると考えています」(中原会頭)
この特別委員会では、定住人口だけでなく、交流人口の増加についてもテーマにしている。その中で、力を入れているのが、「合宿」の誘致だ。現在はどうしても観光の繁忙期に当たる時期の合宿が多い。観光の閑散期に合宿に来てもらえるような書道、絵画、吹奏楽など文化系のクラブの誘致に、商工会議所が中心となって取り組んでいる。
「定住人口、交流人口を増加させるため、行ってみたい、住んでみたいまちになるためにどうすれば良いか、今まさにその検討をしているところです。具体的な目標は特別委員会の結論を待つことになりますが、1年や2年で終わるようなものではありません。だからこそ若者を中心にしたオール網走体制をさらに進化させていく必要があると考えています。彼らの能力と意欲をさらに引き出していきたいですね」(中原会頭)
中原会頭は以前よりも結束力が強くなった若手に期待を寄せる。そして、より良い未来をつくっていくため、網走に住む全ての人々が一丸となる必要があると強調した。
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