政府はこのほど、2016年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術の振興施策)を閣議決定した。白書では、製造業の現状分析のほか、「労働生産性の向上による経営革新」や「ものづくり人材の育成の必要性」などを指摘。企業にIT関連人材の育成や女性が活躍できる環境の整備などを求めた。特集では、その概要を紹介する。
第1章わが国ものづくり産業が直面する課題と展望
⑴わが国製造業の足元の状況認識
▼企業業績
○わが国製造業の企業業績は引き続き改善傾向にあり、従業員への利益還元は、企業規模にかかわらず中小企業においても実施しているところが増加(図1)。
▼第4次産業革命
○日本企業の対応状況を見ると、IoTなどの技術の活用度合いは活用分野によって大きな違いがある。
○分野別に見ると「生産」部門などに比べ「運用・保守」の部門(予知保全など)への活用は進んでいない。
○企業規模にかかわらず、IoTを積極的に活用している企業ほど、経営のスピードが速く、製品開発のリードタイムが短くなっている。
○従業員100人以下の中小企業においても積極的にIoTの活用を行っている企業がいる。
○従業員100人以下の中小企業に限定しても経営のスピード化、開発のリードタイムに関して全体での分析と同様の相関が見られる。
○設備や従業員への投資については従業員100人以下の中小企業の方がIoTとの相関が顕著。
⑵国内拠点の強じん化に向けて
▼生産拠点
○事業環境が改善する中、生産の国内回帰を実施した企業は全体の約1割で引き続き生産の国内回帰の傾向が継続(図2)。
○国内で生産を行うことの優位性として、多品種少量生産に対応できる、短納期に対応できるといった要因を挙げる企業が多い(図3)。
○国内拠点と海外拠点で差異化を図る企業が6割に上る中で、設備については、海外と標準化・共通化を進めていくとする企業も多く見られる。
○少子高齢化の進展によって製造業のどの職種領域でも人材の不足感が高まり、労働供給面の制約などがさらなる国内回帰の妨げとなっている(図4)。
▼国内投資・国内回帰の動き
○設備投資は、中小企業について対前年比で顕著な増加が見られる。また、再生医療や航空機など、市場の裾野が拡大している分野で新規参入が増加している。
○課題(労働力不足、多品種少量生産に伴う物流コスト増など)を克服するための投資の動きがあり、拡大が期待される。
⑶市場の変化に応じて経営革新を進め始めた製造企業
▼ものづくり+(プラス)企業
○付加価値が「もの」そのものから、「サービス」「ソリューション」へと移る中、単に「もの」をつくるだけでは生き残れない時代に入った。海外企業がビジネスモデルの変革にしのぎを削る中、わが国企業の取り組みは十分とはいえない。
○日本企業は技術力などの強みは引き続き強化していくと同時に、ビジネスモデルの変革についての積極的な意識や取り組みが求められている。ものづくりを通じて価値づくりを進める「ものづくり+(プラス)企業」になることが期待される(図5)。
▼短縮傾向にある製品ライフサイクル
○製品ライフサイクル短期化などの変化に応じ、自らの強みを生かしオープンイノベーションやベンチャー企業との連携、人材の多様化などを進めようとする企業は増えつつある。
▼顧客ニーズに即した製品の開発
○行動を起こした企業とそうでない企業の経営力・業績には明らかな差が見られる。ものづくり企業には、市場変化に応じていち早く経営革新を進め、ものづくりのためのものづくりでなく、ものづくりを通じて価値づくりを進める「ものづくり+(プラス)企業」となることが期待される。
第2章ものづくり産業における労働生産性の向上と女性の活躍促進
⑴産業全体におけるものづくり産業のインパクト
○ものづくり産業は、わが国のGDPの約2割を占めるとともに、非製造業と比べて生産・雇用への波及効果が大きく、引き続き重要な産業として位置付けられる。
⑵労働生産性の向上に向けた人材の確保・育成の現状・課題と対応
○人口減少下において、わが国経済を持続的に成長させるためには、労働生産性の向上が不可欠であり、わが国の基幹産業であるものづくり産業の労働生産性向上に向けた人材の確保・育成が重要。
○労働生産性が高い企業ほど、「賃金水準の向上」「能力、業績を処遇に反映」「福利厚生の充実」などの処遇の改善、ジョブローテーションを通じて多様な業務経験を積ませる、などの人材の確保・育成に係る取り組みを行っている(図6)。
○労働生産性の向上に効果がある取り組みとしてIT化が挙げられる一方、IT分野の人材不足が指摘されており、IT人材の育成の加速化に向けた取り組みが求められる(図7)。
○このほか、企業の人材育成に対する支援として、職業訓練を実施する事業主への助成金の拡充、在職者訓練の充実などが求められている。
⑶ものづくり産業における女性の活躍促進に向けた現状・課題と対応
○わが国の就業者数総 計6376万人のうち、製造業は1035万人を占めている。全体に占める製造業の比率は低下基調にあるが、製造業は引き続きわが国の雇用を支える重要な産業である。
○ものづくり産業のさらなる活性化のため、女性の活躍促進に向けた取り組みが重要。
○女性活躍促進に積極的な企業(約6割)における取り組みを見ると、女性でも働きやすい「作業環境の整備」や「勤務シフトや時間の設定における配慮」「男女を区別しない仕事の割り当て」「出産・育児などがハンデにならない人事制度」「管理・監督担当者やリーダーへの女性の登用」「女性の先輩の指導役に配置」などが挙げられる。
○女性の活躍促進に積極的な企業の特徴に着目すると、
①女性の正社員登用の違いについて、全正社員に占める女性従業員比率が30%を超える企業割合をみると、積極的な企業では19・8%、消極的な企業では8.8%。
②女性のリーダー層への登用の違いについて、課長以上まで昇進している企業割合を見ると、積極的な企業では13・0%、消極的な企業では4.9%。
③労働生産性の変化に対する考え方を聞いてみると、積極的な企業では「3年前と比べて労働生産性が向上した」と考える企業が69・8%、消極的な企業が56・8%となっており、女性の活躍促進に積極的な企業ほど、女性は正社員として活躍するとともに、管理職層への登用も多く、また、労働生産性の向上により経営面に対しても良い影響を与える可能性が示唆される(図8・9・10)。
○このほか、ものづくり分野での女性の活躍促進に向けた支援として、職場・作業環境改善に対する助成、税制優遇措置、教育訓練に対する助成などが求められている。
第3章ものづくりの基盤を支える教育・研究開発
⑴生産性革命を支える優れたものづくり人材の育成
○「一億総活躍社会」を目指すわが国において、ものづくり分野において生産性革命を支える優れた人材の育成が必要であり、世界トップレベルの科学技術イノベーションを推進。
○科学技術イノベーションを推進する人材を育成するため、優れた若手研究者の育成・活躍促進や研究環境の整備など、さまざまな取り組みを実施。
○さらに、文部科学省・経済産業省が設置した「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」において、産業界で求められている人材の育成やその産業界における活躍推進方策などについて、産学官それぞれの役割や具体的な対応などの検討を実施。
○増加傾向にある女性研究者の活躍を促す支援を実施するとともに、大学(工学系)、高等専門学校などの各学校段階においても、企業や地域産業などと連携した実践的な職業教育を通じたものづくり人材の育成を実施。
○グローバル化した社会で活躍できるものづくり人材を育成するためには、工学系分野をはじめとする大学教育の国際競争力を強化するとともに、学生の海外留学を促進すること、また、海外でのインターンシップを通じた実践的な経験により、海外でビジネスができる素養を育むことが重要。
○わが国の高等教育の国際通用性と国際競争力の向上を目的に「スーパーグローバル大学創成支援」において、海外の卓越した大学との連携や大学改革により徹底した国際化を進める大学に対し、重点支援。
○充実した英語教育、インターンシップの実施など、グローバル人材として求められる能力を育成する大学を支援。
○海外の工学系高等教育機関とのダブルディグリー・プログラムの実施など、戦略的に重要な国・地域との間で、質保証を伴った大学間交流の取り組みを行う大学を支援。
⑵ものづくり人材を育む教育・文化基盤の充実
○次代を担うものづくり人材の育成のため、小学校、中学校、高等学校において、キャリア教育や職業教育などの取り組みを実施。 専修学校・大学などが産業界と協働し、地域や産業界の人材ニーズに対応した、社会人などが学びやすい教育プログラムを開発・実証する取り組みを推進。
○工芸技術などの優れた「わざ」を重要無形文化財として指定。その「わざ」を高度に体得している個人や団体を「保持者」「保持団体」として認定。
○「わざ」を後世に伝えるため、重要無形文化財の記録の作成や、重要無形文化財の公開事業を行うとともに、保持者や保持団体などが行う研修会、講習会や実技指導に対し支援を実施。
⑶生産性革命を実現するための研究開発の推進
○「ものづくり技術」は製品などに新たな価値を付加し、わが国の経済を支える産業の国際競争力の強化などに貢献。最先端の研究者やものづくり現場のニーズに応えられるわが国発のオンリーワン、ナンバーワンの先端計測分析技術・機器の開発などを産学連携で推進。
○「知」の拠点である大学などと企業の効果的な協力関係の構築は、ものづくりの効率化や高付加価値化に資する。産学官連携を活用し、革新的なイノベーションの創出や地域資源を活用したイノベーション創出拠点の構築、世界市場を目指す大学など発ベンチャーを創出する取り組みなどを実施。
最新号を紙面で読める!