一般消費者にはほとんど知られていないのだが、優れたBtoB製品を開発し、 その業界では世界的に知られている企業がある。その躍進力は、どうやら独自の〝着眼点〟にありそうだ。 今号は、BtoBビジネスで飛躍的な成長を続ける2つの企業を紹介する。
洪水から人を守りたいとの思いが無動力自動開閉樋門ゲートを生む
旭イノベックス株式会社 北海道札幌市
平成25年9月、旭イノベックスの無動力自動開閉樋門ゲートが、第5回ものづくり日本大賞の最高賞・内閣総理大臣賞に選出された。実はこの製品、その16年前の9年に開発されたものだ。23年の東日本大震災の際、開閉が手動の樋門を消防団員らが閉めに行き、尊い人命が奪われたことで、その価値が再認識されたことがきっかけとなり受賞に至った。浮き沈みの激しい鉄工業界において、安定した経営を続ける旭イノベックス。その要因は徹底した顧客の要望重視の開発、技術的専門知識を持つ営業部隊、そして何より社員全員が「社会的使命」をもって、ものづくりに携わっていることにある。
開発は顧客の問題解決からスタート
北海道札幌市に本社を置く旭イノベックスは、もともとあった旭グループ3社、旭鉄工所(水門・橋梁)・旭製作所(鉄骨)・旭イノベックス(パネルヒーター)が合併し、19年4月に新しく生まれ変わった会社だ。現在は、建築鉄構事業部、土木鉄構事業部、住環機器事業部の3事業部で構成。独立採算制でありながらも時に連携し合い、高品質の製品を安定的に供給し続けている。
同社の製品の多くは治水事業、道路整備事業、農業基盤整備事業、上下水道事業など、各種公共事業に幅広く活用されている。これが同社の大きな特色だ。そんな中、旭イノベックスならではの技術を象徴するものとして注目されたのが無動力自動開閉樋門ゲート(オートゲート)の開発である。
そもそも樋門とは、河川の堤防下に埋設された排水路の河川出口に設置する門のこと。通常時は「開」の状態で排水し、豪雨や津波、高波などによる増水時には逆流を防止するため、「閉」状態にする。かつては上下引き上げ式の樋門が主流で、河川の増水など、開閉のたびに操作員が現場に出向いて樋門を上下させていたそうだ。
「それが、開発当時、北海道開発局から〝樋門ゲートの操作員が高齢化しており、今後の施設管理に対して不安がある。人による開閉操作が不要なゲートができないか〟と打診されたのです。その言葉がオートゲート開発のきっかけでした」と語るのは、当時開発担当で、現在、土木鉄構事業部営業部部長代理の立崎裕康さんだ。
「うちの開発のスタンスはあくまで問題解決型なんです。顧客もしくは社内から〝こうしたらどうだろう〟〝こんなことはできないだろうか〟といった問題が挙がってきますよね。それらをみんなで一つひとつ話し合いながら、改善につなげる解決策を見いだしていく。オートゲートの開発の始まりもまさにそんな感じでした」
施工は終わりではなくスタート地点
従来の上下引き上げ式樋門の場合だとどうしても動力が必要となり、その分、電気コストもかかってしまう。そこで、立崎さんたち開発スタッフは、動力なしでOK、水位によって自動でゲートが開閉する仕組みを考えることにした。
「具体的には、フラップゲートにバランスウエイトとフロートを取り付けました。これにより、わずかな水位変動でも的確に自動開閉を行えるようにしたらいいのではないかと考えました」
開発にあたっては、実機大のゲート施設を実験水槽に設置し、自動作動のタイミングや水密性の確認など、試行を重ねた。そして1年後、わずかな水位差で自動的に開閉する技術を確立。「オートゲート」の特許を申請すると同時に、北海道開発局旭川開発建設部によって発注された樋門工事に、初めてオートゲートを導入した。
しかし、決して施工して終わりではない。むしろそれが始まりになる製品である、と立崎さんは話す。
「私たちが重視しているのは、単なる施工実績ではなく、そのオートゲートが間違いなく機能しているかどうかです。だから、納品後も何度も現地へ出向き、性能に問題がないかを徹底的に確認します」
いざというとき、人為操作がなくてもきちんと機能し、樋門の役割を果たしていないと意味がない。立崎さんたちはそう考えている。
「うちの製品はすべて人命に関わるものですから、その責任感を持って日々の業務に携わっています。だから、手を抜かず、気になったらすぐ現場に足を運ぶようにしています」(立崎さん)
現在、オートゲートは全国約800カ所に設置しているが、これまでにほとんどトラブルはないそうだ。これもこうした姿勢でいるからだろう。
水害を防ぎ人命も救う
旭イノベックスのオートゲートに注目が集まったのは15年の台風10号で北海道日高地方の沙流川流域が甚大な洪水被害に遭ったときだった。地域住民が避難したため、ほとんどの水門設備が操作できなかった。そのため、河川が逆流し、被害を増大させたのだった。その後、19年には、国土交通省は操作遅れのない自動開閉ゲートの積極的な採用を公表。21年には旭イノベックスのオートゲートを「活用促進技術」「準推奨技術」と評価した。
そして、23年には異例の格上げで「推奨技術」の評価を受けた。この背景には東日本大震災がある。
「実は大震災が起きたとき、私は東北営業所勤務でした。震災後、東北地域の各河川のゲート状況の確認に行きました。引き上げ式は開閉装置が津波に倒され、操作不能のまま。ゴミもたまっていました。一方、オートゲートは操作装置が水没して使えなくなってはいたものの、ゲート本体の損傷はほとんどなく、自動開閉の機能も生きていました。ゴミもほとんどたまっていなかった。私たちは自分たちの技術に間違いはなかったと確信しました。国交省もこの実績を高く評価してくれたのではないですかね」
当時、問題になったのが殉職した消防団員の多くが水門閉鎖の操作に関係していたのではないかと見られたことだった。近年、ゲリラ豪雨による土砂災害も増えている。水害を防ぐとともに人命を救うことができる技術としてオートゲートは欠かせないと評価を受けたわけだ。
内閣総理大臣賞の受賞が追い風となり、受注も大幅に増加。同社はそれを受けて26年度から生産規模を拡大している。
社会に役立つ企業を目指す
同社の飛躍のポイントはどこにあるのだろうか。まず、技術者育成に力を入れたことが挙げられる。それは先代からの経営方針だった。その上で、現在の代表取締役社長を務める星野恭亮さんが、20人近くの技術者を大胆に営業部隊へ投入した。「うちのような中小企業が大手に対抗するには、技術に通じた営業マンが図面を示しながら商談し、その場で即決する提案型営業しかない」というのが星野さんの見解だった。同時に「営業マンの言葉は客の言葉。必ず取り入れること」と製造現場に指示したと言う。
星野さんの狙いは的中した。営業自身が技術に精通しているだけに説得力を持って顧客と話せる。そして、スピード感を持って話しを進めることができるので、次々に契約を勝ち取ることができた。
立崎さん自身も元開発担当者だ。開発者の立場から違う要因も指摘する。
「確かにわが社は営業が技術を熟知しているので、発注者の要望を的確に現場に伝えられます。それと業績が伸びているのは社風もあると思います。社長に提案すればすぐに〝まずはやってみろ〟とゴーサインを出してくれる。みんながのびのびと自分のアイデアを発表できるし、実践できるんです」
以前は北海道内だけでの展開だったが、今では、東北、北陸、関東、関西、中部、九州へと進出。今や土木業界では「技術の旭」といわれるほどの成長を見せている。
「社長は、これからはもっと社会に役立つ会社を目指そうと言っています。私たちも今、自分たちが社会のために何ができるのか。そんな意識は常にありますね」
営業に力を入れながらも今なお技術者育成にも余念がない。そして、ものづくりの根幹にあるのは、社会的に有用なものを、自分たちが創り出していくのだという気概に他ならない。それが社全体に浸透しているからこそ、同社はこれからも躍進し続けるに違いない。
会社データ
社名 旭イノベックス株式会社
住所 北海道札幌市清田区平岡9条1-1-6
電話 011-883-8400
代表者 星野恭亮 代表取締役社長
従業員 208人
差別化の徹底が飛躍の決め手
メトロール 東京都立川市
東京・立川市に本社を置くメトロールは、工場の自動化に必要な「精密位置決めスイッチ」の専門メーカーだ。少量多品種で受注生産し、この分野では世界市場でトップシェアを誇る。この3年間で売上高を2・5倍に拡大させ、経済産業省「中小企業IT経営力大賞2012」において大賞を受賞している。同社が躍進を続ける要因には、他にはない性能かつ低価格の製品群、そして枠にとらわれない人材活用、経営方針の3つが挙げられる。
取引先のニーズ・シーズをどう料理するかが大切
工作機械に使われる「精密位置決めスイッチ」で世界トップシェアを誇るメトロール。同社製品の特徴は世界的にも例のない、機械式だという点にある。
「金属などの加工の場合、工作機械の刃先の摩耗や始動位置を、常に補正する必要があります。ところが工業用センサー業界の一般的な電気式センサーだと、内部回路が温度など環境変化に弱く精度が狂いがちなのです。それに比べて当社の製品は機械式スイッチなので、外部環境の影響を受けにくい。刃こぼれしても位置を正確に補正できるのです。実際、300万回の精度寿命で2000分の1ミリの性能を発揮。誤差は出ません」と代表取締役社長の松橋卓司さんは話す。
しかも、価格は電気式の10分の1。それができるのはなぜか。松橋さんはその理由として、徹底的に無駄を排した製造システムを挙げる。
「約1000種の製品があるのですが、完成品の在庫を持たず、受注を受けた後に、1万個の部品から必要なものを自動的に抽出し、スタッフがつくり上げます。1個から受注し、1週間で納品するシステムになっています」
品質を保つため、部品は全て自社設計。製品の組み立ては最初から完成まで一人のスタッフが担当し、分業化しない。その製造工程に検査システムも導入している。
「製造工程を担うのは女性パートの従業員たち。部品はサイズが違うだけで、組み立ての手順、工程は同じになるようにすると同時に、彼女たちを多能工として育成する研修を充実させています」
こうした一連の仕組みで無駄のない少量・多品種・短納期を実現できているわけだ。松橋さんはさらに続ける。
「BtoBは顧客が明確なのでシーズもニーズもつかみやすい。大切なのはそれをどう解決し、どう製品化するのか、そしてどう信頼関係につなげるかです。そんなアナログの取引の積み重ねが必要であるからこそ、うちのやり方は間違っていないと思うのです」
他がやらないことをやる
「差別化がすべてです。他がやらない道を行った方が事業として面白いし、何より儲けられます」と言う松橋さんは、平成10年というかなり早い段階からインターネットを活用し、世界中に直販する販売手法を取り入れている。現在は60カ国以上から注文が舞い込むという。
「中国語と英語の販売サイトをつくるだけで資本力のない企業でも簡単に世界に売り込めるんだから利用しない手はないですよね。当社では100万円以下の小口注文はクレジットカードで決済、大口注文は円建てで得意先以外は先払い取引とし、製品は国際宅配便で送っています」。最近は、Facebookページを同社製品ユーザーのエンジニア同士の交流の場と位置づけている。これを積極的に活用することで販売サイトとの連動で海外からの受注がさらに拡大したそうだ。
一人ひとりの幸せが会社の成長につながる
ところで、メトロールには社長室がない。オフィスや工場にはほとんど仕切りがなく、従業員同士が顔を合わせて話し合える環境になっている。
「年齢も役職も関係なく、こんなことがしたいと言い出した者がそれに賛同する人間とともに自発的に新プロジェクトを始める。私や各上司の決裁など必要なく進めていいと言っています。ただし、社内メールは原則禁止です。打ち合わせは面と向かって話せと言っています」
人事、総務などの間接部門もない。固定資産もない。徹底的に無駄をなくす姿勢は経営スタイルにおいても貫かれている。
「間接部門が大きくなると活力が失われる気がして。何より技術者、生産者が恵まれる会社にしたかった。だから全社員が利益を生み出す人間。そうすることで全員に当事者意識と責任感が芽生える」と松橋さん。同社では社内向けのブログを開設し、全社員が連絡事項や注文情報、顧客関連情報をリアルタイムで共有できるようになっている。
同社では正社員もパートも同等。パートでも賞与や昇給がある。17年からは〝気づき箱〟を設置し、パートからの改善提案を積極的に取り入れている。それは実際製造工程の改善に役立てられているそうだ。「指示待ちの人、アイデアを出さない人、前任者のやり方をただ引き継いでやるだけの人は評価されない。でも、ちゃんとやったことに対しては評価するし、失敗したときは逆に〝忘れていいから〟と言います。そういうことを続けていたらおのずと使命感を持って、いいものをつくりたいと全員がエネルギーを発揮して働いてくれるようになってきました」。
3カ月に1度は社内でビアパーティを実施する。部門を越えてコミュニケーションを深めておくことは日々の業務にも大きく影響していると考えているからだ。実際、急な受注が入っても製造部門が、「営業のために頑張ろう」という気持ちで協力してくれる。
「組織を管理するのではなく、それぞれの創造性やチームワークを発揮する場にする。一人ひとりの従業員の幸せが会社の成長に確実につながっていく。それが実現できるのが中小企業の強みだし、何より本当の意味で、これからの時代、いいものをつくれるのは中小企業だと思っています」
今後は世界各国の販売拠点を拡大し、分社化していきたいと語る松橋さん。だが、高品質の製品提供を考え、生産拠点は日本のみ。そこは絶対に譲らない。いい意味での頑固さと柔軟性を持ち合わせ、アナログとデジタルを絶妙なさじ加減で使い分ける。これからの中小企業の在り方、生き方のヒントが同社にはたくさん詰まっているようだ。
会社データ
社名 株式会社メトロール
住所 東京都立川市高松町1丁目100立飛リアルエステート25号棟5階
電話 042-527-3278
代表者 松橋卓司 代表取締役社長
従業員 119人
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