再生可能エネルギーの普及のために導入された全量固定価格買取制度(FIT)が導入からわずか2年で行き詰まっている。特集では、再エネ普及策の抜本見直しに向けた課題と見通しなどについて、NPO法人国際環境経済研究所の竹内純子氏の特別寄稿を今号と次号(11月1日号)の2回にわたり、紹介する。
再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度(以下、FIT)を評して、スティーブン・スピルバーグ監督の映画に登場する怪獣「グレムリン」と表現された方がいる。最初はかわいらしい風貌をした珍獣であるが、人の家庭に入り込み、飼育方法の禁が破られたことで一気に凶暴な怪獣になる様を、最初は軽微な賦課金があっという間に膨張し国民経済に大きな影響を与える様に例えた表現である。なるほどイメージが伝わりやすいと感心したが、感心している場合ではなく、このイメージそのままに制度導入からわずか2年で、これまでに認定を受けた発電設備が全て運転開始した場合、1年間に私たち電力消費者が負担する賦課金が2兆7000億を超えると試算されるまでになっている。導入当初は確かに「この程度ならかわいいもの」と言える負担だったはずが、いつの間に、なぜこれほど膨らんだのであろう。これから私たちはどれほどの負担を背負うことになるのであろうか。
関東圏で印刷業を営む中小企業(仮にA社とする)の方から実際の電気料金データをご提供いただいたので、具体例に基いて検証したい。
これまでの電気料金上昇の要因
グラフ(①)は実際にご提供いただいたA社の2012年7月から本年8月までの電気料金単価の推移である。この2年ほどで約3割上昇している。
この価格上昇の要因は何か。企業経営に携わっておられる皆さまには釈迦に説法の極みであるが、電力料金は基本料金(kWに対する契約金額)と電力量料金(電力料金単価にkWhすなわち使用量を乗じた金額)、それに再エネ発電賦課金などを加えて算出される。料金単価は7月から9月までの夏季料金とその他の季節に分けて設定されており、また、燃料価格の変動に応じて自動的に電気料金を調整する「燃料費調整制度」が導入されているので、毎月算出される調整単価と電力使用量を乗じた金額を加除して、電力量料金は決定される。
実際にご提供いただいた電力料金の単価を電力量料金、燃料費調整額、再エネ発電賦課金、太陽光促進付加金に分解して推移を確認する。この2年間の毎月の推移を表にすると見づらいので、その中から7月と1月という半年ごとのデータを抜粋したのが(②)である。
基本的には電力量料金本体の値上がり幅が最も大きく、2012年7月と2014年7月を比較すると3・34円/kWh上昇している。次いで燃料費調整単価が1・79円/kWhの上昇となっており、原子力発電所停止に伴い火力発電の比率が増えたこと、そして化石燃料価格の上昇が電気料金上昇の主要因であることは間違いがない。
これまで再エネ発電賦課金が電気料金に与えた影響は、まだ「かわいいもの」といえるだろう。しかし、その上昇のスピードに注意が必要だ。2012年7月にこの制度が導入された時には、0・22円/kWhであった。それが翌年4月分からは0・35円/kWhとなり、更に2014年からは前年の倍以上となる0・75円/kWhとなっている。
そして冒頭で紹介した通り、9月30日に開催された総合資源エネルギー調査会の新エネルギー小委員会において、FITによりこれまで認定された発電設備が全て運転開始すれば、単年度の賦課金は2兆7018億円、賦課金は3・12円/kWhに上昇するという試算が示された。現在の賦課金の約4倍にもなる計算だ。
再エネ賦課金が急上昇する理由~FITの構造的問題~
再エネの賦課金はなぜこのようなスピードで増加していくのか。改めてこの制度の構造を見てみよう。FITは再エネの電気を、全量、固定の価格で長期間買い取ることを約束することで、再エネへの投資を促すことを目的とする制度である。買取単価は、技術が普及し設備の価格が下がるにつれ段階的に下げていくこととされている。
わが国でも例えば、10kW以上の太陽光発電設備によって発電された電気の買取価格は、2012年度に認定された設備の場合、42円/kWh(40円+税)、2013年度に認定された設備では37・8円(36円+税)/kWhと引き下げられている。買取価格が下落するので、消費者負担は徐々に減っていくと誤解している方が多いのだが、買取費用総額は、買取単価と再エネによる発電量を掛け算した金額の合計なのだ。
制度導入からの年月経過に伴って、左図のように層が積み重なっていくので、需要家が負担する総額は増加していく。先に事例としてあげた10kW以上の太陽光発電設備の場合では20年と、長期の買取を約束する制度であるため、負担の大きさに気が付いて、例えば制度導入から5年目に制度を廃止したとしても、既に導入された分の負担についてはずっと国民が負担し続けなければならないのだ。FITは本来国民負担の総額をコントロールすることができないので、ドイツなどFIT導入諸国では、結局、量的規制を導入している。
また、これまでの認定設備のうち約96%が太陽光発電であることからも分かるとおり、再エネの中での技術の偏りを防ぐ手段もない。最近になって電力各社が系統制約を理由に再エネの接続に関する回答を一時保留することとなり話題になったが、FITには導入量の地域的な偏在性を防ぐ手段もない。
もともと土地が安く再エネ事業者にとっては魅力的な場所は、電気の需要が少なく十分な送電設備が無い。再エネ事業の地域的な偏在が生じ、系統制約が問題となることは当然予想されたのである。
そして、FITは今ある技術を普及させる力はあるが、技術開発を促進する力は弱い。これらがFITの構造的問題点である。 加えて、日本固有の問題点もある。わが国では、再エネを至急拡大するという命題のもと、法律施行後3年間は、「再エネ事業者が受けるべき利潤に特に配慮する」とまで定め、あまりに事業者を過保護にする制度設計をしてしまったのである。
買取単価は調達価格等算定委員会の意見を反映して経済産業大臣が決定することとなっているが、その決め方は究極の「総括原価主義」である。例えば日本のメガソーラーの買取価格はドイツなどと比較して2倍近い価格に設定されている。太陽光パネルなど、設備は世界のどこから買ってきても良いのであり(そのため、ドイツはこれほど太陽光発電の導入量が増えたにも関わらず、国内の太陽電池メーカーの倒産が相次いでいる)、施工の人件費や土地代の差以上に海外と比べて高い買取価格を設定する理由はない。
さらに、FITを導入している諸外国では、設備が実際に稼働を始めるタイミングによって、適用される買取単価が決定されるが、日本においては書類申請によってその認定がなされてしまう。とりあえず書類申請を先行させ、高い買取単価で買い取ってもらえる権利を確保しておく「枠取り」のような行為も見られるとして、経済産業省は土地も設備も確保していない事業者の認定を取り消す措置に出た。適用される買取単価が定まっていないと、再エネ事業者の資金調達がしづらいのは確かだが、「枠取り」によって「悪貨が良貨を駆逐する」事態になっていることもまた事実だ。
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