シンガポールへの日系企業の進出は、リーマンショック後の減少から一転し、2010年以降急激に増加しており、今も増加傾向にある。日本国内が少子高齢化で市場が縮小する中、東南アジアでは中流層の人口が増加、市場が急速に拡大しつつあるほか、中国における人件費の上昇や安全保障の問題などで重点を南下させている企業が多く見受けられる。そして主に大手企業がシンガポールに東南アジア、オセアニアの地域統括拠点を設置することで、域内投資、商流、物流の最適化、効率化を図っている。その動きを商機とみて法律事務所、会計士事務所、IT関連などのビジネスサービスを提供する企業が拠点を置くようになっている。また、近隣諸国の旺盛なインフラ開発需要を取り込みたい都市デザインや開発を手掛ける企業、日本独特のソフトコンテンツのアジア展開を目指す企業などの進出も増えている。さまざまな企業が、アジアの経済成長を取り込むための前線基地をシンガポールに置き、また、それらの企業をサポートするためのビジネスサービスを提供する企業が進出してきおり、まさに日本における企業間のビジネスサイクルのミニチュア版が当地で形成されつつある。
魅力的な政策で投資を呼び込む
登山に例えて『シンガポールはキャンプサイトである』という表現が使われる。アジアという大きな市場(山)を目前に、装備を整え、ガイドしてくれるパートナーやクルーを探し、専門家とともに最適なルートを検討する。道のりの途中で何か障害にぶつかれば、いったんキャンプサイトまで戻って体制を整え直す。インドネシアやタイ、ベトナムなどと比較して市場としての魅力は大きくはない。そこは政府もよく理解していて、キャンプサイトとしての機能の充実と拠点設置のし易さを追求した結果が現在のアジア市場へのゲートウェイとしての地位確立につながっている。低い法人税率、地域統括会社へのさらなる優遇税制、新しい産業の参入支援など、外国企業がアジア拠点を設立する上で魅力的な政策を提供することで投資をうまく誘致している。
厳格化される外国人の就労基準
しかし、ここへ来て、大きく流れが変わっている。それは、外国人労働者に対する政策である。キャンプサイトの魅力的な機能の一つであった、事業コストや必要なスキルに応じて国籍を問わず人材を確保できるという機能が取り払われようとしている。すでに外国人労働者の就労パス発給基準が厳格化されているが、来年度からは外国人を雇用する前にシンガポール人に対して同ポジションの募集をかけることが企業に義務付けられることが決まった。まだ施行前であるため、運用の詳しい手順、基準は未開示の部分が多いが、駐在員がシンガポールで就労するために必要な就労パスの発給対象となる職種については、ジョブバンクへの募集登録とシンガポール人への事前の採用告知が必要となる。今、駐在員の交代は本規則の対象外とすべきなどの議論が続いているが、これまでのように日本から駐在員が入れ替わりにシンガポールに赴くという人材配置をすることが自由にはできなくなる。
シンガポール国民の持続的な所得の向上という観点からは理に適ったものではあるが、タイやマレーシアなどの周辺国が地域統括機能誘致のための環境整備を進めており、企業にとってはシンガポール以外に重点をシフトすることも検討し得る状況になりつつある。常に進化する必要がある都市国家としての宿命の中で、キャンプサイトとしての魅力的な機能の保持と国民のさらなる所得向上の両方が共存できるポイントを見つけ出すことが、シンガポール政府にとっての急務である。
(シンガポール日本商工会議所事務局長・東潤一)
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