人形町「柳屋」
麻布十番「浪花家総本店」
四谷「わかば」
これらは、ある商品で東京を代表する3名店だが、何を扱う店かをご存じだろうか。答えは、庶民の暮らしの楽しみとして愛され続ける和菓子「たいやき」である。その起源は江戸時代、熱した鉄板または銅板の上に小麦粉に砂糖を混ぜて水で溶いたものを流して文字や絵の形に焼いた文字焼(もんじやき)から派生したといわれる。
3名店の共通点の一つは、天然物を扱っていることにある。天然物とは「一丁焼き」という一匹だけの焼きごてを用いて焼くたいやきのことで、それに対して、大がかりな焼成機を用いて複数を同時に焼くものを「養殖物」と愛好家は言う。
二つのロスと顧客満足
これら三つの頂に近づこうと、素人から始めて創意工夫を重ねる商人がいる。2011年1月創業、東京・杉並区、阿佐ヶ谷パールセンター商店街に7坪ほどの小体な店を構える「たいやき ともえ庵」の店主、辻井啓作さんである。
一丁焼きを製法とすることは無論だが、同店の特徴はそれだけにとどまらない。その一つに、甘味を抑えた餡(あん)がある。
ともえ庵が考えるおいしさとは、たっぷりと入ったつぶし餡とパリッとした皮のハーモニーにある。たくさん食べても胃もたれしないように、餡に加えるグラニュー糖を極限まで減らして甘さを抑えている。そうすることにより、小豆の素材としての風味を際立たせている。
そして、「たいやきは焼きたてこそ最上の調味料」という信念から、すぐに食べるお客さまには後入れ先出しで焼きたてを提供し、さらに焼成後20分を目安に廃棄というルールを徹底している。また、餡も鮮度とおいしさを第一とするため、営業終了時に残った餡は翌日に使い回すことなく、すべて廃棄している。
そのため、つくり過ぎれば廃棄ロス、つくり控えれば機会ロスという二つのロスといかに向き合うかがともえ庵の商いでもある。食品廃棄量の削減は持続可能な社会実現に欠かせない今日的課題であり、機会ロスの低減は経営上の要件である。この対立する課題をともにクリアしてこそ、店は存続を許される。たいやきの頂点を目指す辻井さんが安易に妥協するはずもなかった。
「たいやきの開き」誕生秘話
17年10月、構想7年、半年以上の試作を重ね、この課題を解消する商品を開発する。「たいやきの開き」といい、たいやきを半分に開き、つぶ餡の面に皮を付け直して、上下からプレスしながら焼いてつくるというともえ庵のオリジナル商品である。
この救世主によって二つのロスは解消に向かった。注意したいのは、たいやきの開きはロス解消だけを目的に開発されたのではないということだ。その根底には、焼きたてでなくてもパリッとした皮をお客さまに味わってほしいという、皮好きの店主の思いがある。
また同店では、週末の繁忙日には焼き手2人と売り手1人という3人体制をとっている。しかし、そんな日にも時間帯によって来店客数のばらつきがある。たいやきの開きの製造はそうした手隙時間に行えるので、スタッフの労働力のロスも防ぐことができる。
売り手によし、買い手によし、世間によしの「三方よし」は、近江商人の経営哲学。ともえ庵のたいやきも、機会ロスと労働力ロス削減で売り手によし、おいしさで買い手によし、廃棄ロス削減で世間によしを実現しているからこそ愛されるのだ。
季節は秋から冬へ、たいやきがおいしさを増す季節だ。ぜひ、あなたの舌でおいしさを確認していただきたい。
(商い未来研究所・笹井清範)
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