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コラム石垣 2021年3月21日号 宇津井輝史

インドでは街中を牛が闊歩する。神の使いゆえ、クラクションを鳴らしてはいけない。一方デリーのような大都会で猿が走り回り、生活圏でトラの恐怖と隣り合わせのインドは野生の宝庫である。

▼ヨーロッパには野生の猿がいない。生息の北限を超えているからである。アルプス以外、大きな山塊がないから熊もいない。チェコで古城の一角にヒグマが飼われているのを見たが、身近な野生が乏しいせいか、ヨーロッパでは動物園文化が発達した。

▼北限の猿が温泉文化を楽しむ日本は豊かな野生を包み込む。近年、野生動物が街中に出没するようになったのは、放置された森林でエサが乏しくなったのと、農村の過疎化で里山が消滅したことによる。人と野生の生息境界が入り組んできたから、イノシシや鹿による農業被害、クマとの遭遇さえ頻繁になった。

▼絶滅した九州とヒグマのいる北海道を除き、ツキノワグマの生息数は数万頭。1年に5千頭ほどが駆除(違和感のある役所用語)されている。近年は野生食ジビエもめずらしくなくなったが、捕殺された動物の多くは廃棄処分される。

▼昔から動物食は宗教的禁忌ではなかった。イノシシを山くじらと称して食べていた。ジビエの普及を妨げたのは、水が獣肉の出汁に馴染まなかったこともある。すべての川が短く、かつ急流だからカルシウムイオンが溶け出せないための軟水は食文化も左右した。

▼人と野生の接触事故が先進国で桁違いに多いのは、日本の生物多様性を示す。だが管理が行き届かなくなれば感染症リスクも負う。列島の地勢的成り立ち、大陸との距離、降雨と豊かな森林、暖流に囲まれた四季折々の美しさ。いずれも天の恵みであり、同時に天災を孕む宿命でもある。

(コラムニスト・宇津井輝史)

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