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真壁昭夫の経済底流を読み解く 米国が対中戦略で政策方針を変更

足元で、米国のバイデン政権が補助金などの政府支援によって、半導体などの戦略分野で民間企業をサポートする姿勢を鮮明にしている。それは、中国の国家ぐるみでの経済台頭に対抗することを意図し、〝ゲーム・チェンジ〟ともいえるかもしれない。つい最近まで、米国は企業や個人の自由な発想や取り組みを重視することによって、経済全体の効率性向上を目指してきた。特に、規制緩和と減税は米国が重視したゲームのルール(競争・産業政策の基本理念)だった。その考えに基づき、世界各国が自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を締結し、世界経済はグローバル化した。

しかし、国家資本主義を標榜(ひょうぼう)する中国経済の台頭で、政府は民間分野に介入しないとする経済運営の脆弱(ぜいじゃく)さをあらわにした。中国経済は政府の支援を受けて大きく成長し、近い将来に米国を追い越す勢いを示している。コロナウイルスによるパンデミックが発生し、日米欧などでは医療物資・機器が不足した。それとは対照的に、中国は共産党政権による強力な防止策で感染を抑え、さらにインフラ投資や自動車販売の補助金などで早期の景気回復を実現した。中国は各国に医療物資やワクチン提供などを呼び掛け、影響力を強めようとしている。パンデミックの発生は、国家資本主義体制の強固さを確認する機会になったともいえるだろう。

経済学の父といわれるアダム・スミスは、著書『諸国民の富』で、個人が自分の利得だけを求めて利己的に行動すればその結果、〝神の見えざる手〟に導かれるように経済全体にとって最善の状態が実現すると説いた。政府による市場介入は、生産要素の再配分を妨げるということだ。その考えにのっとり、米国は人々の自由な取り組みを尊重し、競争を促進することで自由資本主義体制を強化し、第2次世界大戦後の世界経済の復興、成長、安定を支えた。米国ではアップルや半導体企業が製品の設計と開発に注力し、生産を中国や台湾の受託専業企業に委託した。それが、鴻海(ホンハイ)精密工業や台湾積体電路製造(TSMC)の成長、わが国の電機、機械、素材メーカーの業績拡大を支えた。米国企業は知識集約型のソフトウエア開発などを強化し、比較的短い期間にGAFAMなどの先端企業が高い市場シェアを手に入れた。

しかし、中国政府が国を挙げて企業成長をサポートする手法が、予想以上の効果で中国経済を台頭させた。1980年代後半に天安門事件が発生したとき、多くの専門家は「中国は民主国家の道を歩むはず」と予想した。ところが、中国の国家資本主義は成果を上げ、今や「2020年代後半、中国経済は米国に追いつく」との予想も出ている。その上、中国の軍備や領有権の拡大意欲は旺盛で、アジア諸国だけでなく広範囲の安全保障にも重大な影響を及ぼすに至っている。米国としても、中国の台頭を黙視するのが難しい状況になっている。そのため、バイデン大統領は、これまでの政策方針を転換することを決定したとみられる。その一端が、IT関連の主要メーカーを集めて会議を実施したり、先端の半導体製造工場を米国内に建設したりすることと考えられる。今後もそうした政策運営がとられるだろう。

バイデン政権は、今後、共通の最低法人税率の導入などを各国に求めるかもしれない。それは、他国の経済政策の裁量を低下させる恐れがある。日本政府は、安全保障面では米国との連携を強化する一方、経済政策面では自国の立場を明確にする必要があるだろう。わが国は、半導体関連の部材や精密機械など国際競争力のある分野の研究・開発を支援し、先端分野で世界から必要とされる技術の向上を目指すべきだ。それが、米国に対して自国の事情を伝え、理解を得ることにつながる。日本政府に求められるのは、感染対策の徹底に加え、本邦企業の競争力向上に効果のある産業政策などを立案し、迅速な実施を目指すことだ。そのために政府は、公正な姿勢で世論に政策の意義を伝え、経済運営への賛同を得ることが求められる。(4月16日執筆)

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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