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あの人を訪ねたい 五味太郎

「白い紙があると描きたくなっちゃうの。その繰り返しで40年」

直感を信じて一気に描き上げる

見た目はちょいワルでイケメン。そう本人に伝えると、「生まれつきだから仕方ないよなぁ」とはにかむ。年齢不詳というより、少年のような人だった。五味さんのキャリアは、工業デザイナーから始まっている。

「昔から、ものづくりに興味があった。デザインの専門学校を出て、工業デザインをやって面白かったんだけど、オレはデザインと文字を組み合わせるのが好きなんだよね。ページをめくって立体的に描くスタイルが気に入ってたどりついたのが絵本だった」

デビュー作は昭和48年の『みち』。28歳でのデビューは絵本作家としては決して早くはないスタートだそうだが、5作目となる『きんぎょがにげた』が大ヒット。ミリオンセラー作家の仲間入りを果たす。同作品は世界中で愛され、累計発行部数は240万部を超える。

「かっこよく言うと、白い紙があると描きたくなっちゃう。ひらめいてすぐ絵本に落とし込んで担当編集者に連絡する。それを何百回と繰り返していたら、いつのまにか72歳になっていたんだな」

五味さんは、筆が早い。最短記録は、代表作の一つである『さる・るるる』(昭和54年/絵本館)。シャワーの最中にひらめき、5時間で作品を描き上げた。迷いなく一気に描けると、傑作が生まれた手応えを感じるという。産みの苦しみが長く続くと不思議と読者の反応も思わしくないのだそうだ。

「考えすぎるとダメだね。理想は、林の中を飛ぶ鳥のようにスイスイいく感覚。『あ、こっちにもあっちにも枝がある』なんて考えながら注意深くよけていると、行き詰まっちゃうんだ」

これまで100万部以上売れている本が8冊ある。そのどれもが気楽に描いた作品だったという。

子ども限定で描かない解釈は読み手に委ねる

五味さんのファン層は広い。老若男女はもちろん国境も越える。海外進出も早かった。初めて海外で出版されたのは、60年のことだ。

「あるとき、スイスから女性編集者がやってきて、『みんなうんち』を眺めてケラケラ笑ってるの。理解できてるのかなと思って、ブロークンな英語で翻訳してあげたら『分かってる』と。オレの絵本が言語の壁を越えるなんて想定外だった」

これを皮切りに、同作はアメリカ、スペイン、中国、韓国、イスラエルなど14言語で出版され、各国から書評が届くようになった。五味さんは、絵本の解釈を読者の感性に委ねている。「たとえばアメリカで『これがオリエント(東洋)だ!』なんて書評されるのを見て、オレは素直にうなずくんだよ。欧米人にとって、『うんちをおおらかに描いてしまうのがいかにも東洋らしい』と感じるのなら、それも一つの正解だと思う」

五味さんは、絵本を子どものためだけに描かない。その気になれば、子どもから読める一冊の本であるということだ。

「絵本に教訓なんて必要なの? オレの絵本は軽くて浅くていいんだ。軽い方が許容力があるし、浅い方が読者の想像力を自在に駆り立てると思うんだけど」

天才--。世界でそのように称される人は、どのような少年だったのだろう。

幼いころはやんちゃもした。だが、友人と悪ふざけして警察に呼び出されても父親は冷静だった。

「隣で親にガミガミ叱られる友人の横で、親父は、『お前、そんなことやって面白いの?』って不思議そうに聞いてくんの。はい、と答えると、『ふ~ん、オレはそんなバカやらねぇけどなぁ……』って、ただそれだけ。一方的にとがめるようなことはしなかった」

当時は両親のことを変わり者だと思っていた。しかし、今は良い人たちと胸を張れる。

「幼いオレと姉ちゃんを残して二人ですぐ旅に出ちゃうんだよ。純愛の時代の人だからさ、仲が良かったんだと思う。でね、4日も家を空けられると子どもは鍛えられるんだよね。子どもを子ども扱いしない親で、学校の成績や進路にも一切口出ししてこなかった。だから、『オレがしっかりしないと』って心が育つ。結果的には、良い両親だったんだと思う」

本取材の前日、96歳になった母からFAXが届いたという。

「『今年はなんだか寂しい夏だったわね。また近いうちに会いましょう』なんてやりとりした。最近じゃ、すっかり落ち着いちゃったけどね、元気みたいだよ」 大切な人を思うその目は、どこまでも優しい。

与えられた運命を受け入れいかに充足させるか

自らを「絵本依存症」と称する。だから、作品が完成して編集者の手に渡ると寂しくなるという。

「人は生まれ持った生命因子から逃れられないんだよ。オレは40年ほど絵本を描き続けてるけど、飽きないし、生み出す作業もまったく苦じゃない。多分、向いているんだと思う。反対に、努力してもどうにもならないこともあって、例えば身長は170㎝いかない男だった。人生って、それぞれの運命を受け入れ、どう充足させるかなんじゃない?」

五味さんは2年前に40年の創作活動をまとめた『絵本図録』(青幻舎)を出版した。過去の作品をきちんと振り返ったのはこれが初めてのことだという。昭和48年から平成28年までの全作品の表紙がずらりと並ぶ様は圧巻。『夏/冬/春/秋』『言葉図鑑』など、本人が選ぶエポックメーキングな50作には、制作秘話や絵本論が添えられている。

「五味作品は、社会問題を取り上げたことは一度もないんだよ。今を切り取ったり、読者に迎合することもしない。誰かが決めた常識や善悪にとらわれず、自分の頭で根本から考える。だから作品はすべて、オレという個の中から発生したものなの」

読み手もまた、個であるべきだと五味さんは言う。

「本音を言うと、『読み聞かせ』はあまりおすすめしないな。読み手の解釈が入った雑音が混じるようでもったいないんだよ」 個が見て、個が感じて個で考えることに意味がある。

『絵本図録』には、俵万智さん、清水ミチコさん、南伸坊さんなど、27人の各界の著名人が「私にとっての五味太郎」を自由に表現している。みなそれぞれにお気に入りの作品が違い、ある人は哲学的だと言い、ある人はアイデアや色彩感覚に触れ、「タイトル命名の名手」などと評価も異なる。

五味さんは、夜型体質だ。覚醒するのは、読者が寝静まったころから。今夜もまた、暗闇の中で真っ白な紙にカラフルな線を重ねるのだろう。そして翌朝、新たな五味作品が生まれる。

五味 太郎(ごみ・たろう)

絵本作家

昭和20年東京生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。エディトリアルデザイナーを経て28歳で絵本作家としてデビュー。子どもから大人まで幅広いファンを持ち、その著作は400作を超え、海外でも28カ国で出版されている。『かくしたのだあれ』『たべたのだあれ』でサンケイ児童出版文化賞受賞。『仔牛の春』でボローニャ国際絵本原画展賞、エッセイ集『ときどきの少年』で路傍の石文学賞受賞。また、「GomiTaro ANNEX」ブランドにて、時計や雑貨デザインも手掛けている。趣味はテニスとチェロ。

写真・矢口和也

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