コラム石垣 2021年9月11日号 宇津井輝史

人を外見で識別するのは顔である。コロナ禍では、顔という個人情報がマスクで守られる。顔は多くの動物にある。食物の摂取機能からみて顔の始まりは口である。動き回って食物を探す必要から、目や耳や鼻という感覚器官が集まって顔ができた。

▼しからば口とは何か。ヒトの場合は口の形が複雑な言葉を可能にし、ときに恋愛のツールにも使われる。だが最大の役割は食べることである。食物摂取は個体の生命維持の基本原理である。

▼生命は太陽光と水とミネラルがあれば維持できる。初期の生命、たとえば海中の単細胞植物は光合成をして増殖した。だがその段階に満足できない生命は進化を遂げ、永い時間をかけて動物という形式を選んだ。動物は口から食べたものを消化管で分解し、個体を維持する栄養素に変換する。

▼ずっと草食の時代が続いたが、恐竜時代のティラノサウルスのように、肉食を専門とする動物もめずらしくなくなってゆく。捕食者の立場からみた肉食の利点は栄養素を効率よく摂取できる点にある。

▼捕らえた獲物の異質な体組織を(アミノ酸に分解しつつ)自らの体組織に同化できる。他者の体で作った完成品をかすめ取るがごときふるまいである。そのために摂取口の周囲に硬質な素材の歯を発達させた。歯は私たちの毎日の食事に欠かせないが、もともとは相手の体組織を破壊し、命をも奪うものだったのである。

▼もとは食われる立場だったヒトは、文明の力で地球上の生物界の頂点に立った。いまは処理された肉を、解体処理のプロセスなどなかったかのように食べている。初めて火を発見したヒトの祖先が、炙った肉をどんなに感動して味わったか、焼肉を食べるときくらい噛みしめたいものである。 (コラムニスト・宇津井輝史)

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