富山県富山市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、地方創生の先進都市の一つで、コンパクトシティの取り組みでも有名な「富山市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
厚みがある第3次産業
富山市は、300年以上の歴史を持つ越中富山の薬売りを背景に「薬都」として知られ、医薬品など「化学」を中心とするものづくり都市でもある。当市の地域経済循環(15年)を見ても、製造業の強い移輸出力により1027億円もの域際黒字(所得流入)を獲得している。他方、北前船の寄港地という歴史もあって生活関連サービスが集積、GRPに占める第3次産業の割合は68%と富山県平均61%を上回っている。かかるサービス業の厚みも相まった拠点性の高さから、平日・休日とも滞在人口は国勢調査を上回り、民間消費は流入傾向にある(ただし、その規模はGRPの0・7%であり、北陸新幹線開業で来訪者が増加したものの地域住民の域外消費も拡大した可能性が高い)。また、平日の滞在人口の多さは域外から就業者が通勤して来るためで、給与を域外に持って帰ることから雇用者所得は流出している。
当市は、強い製造業と厚みがあるサービス業に加え市域の6割が林野地であり、確固たる産業基盤を持つ緑豊かな都市だ。高い拠点性を背景に、各段階で域外から所得を獲得している。ただ、地域で相応の規模がある第3次産業が移輸入超過であること、域外本社への利益移転等が生じていることから、地域の稼ぐ力が、地域住民の所得向上に十分にはつながっていない可能性がある。
当市では、02年に市役所内部で「コンパクトなまちづくり研究会」が立ち上げられ、06年には富山ライトレールが開業した。その結果、地域の魅力が向上し、全国から企業が進出してきたため、域外本社への利益移転等が増えている側面もあり、このこと自体はやむを得ない面もあろう。ただ、第3次産業の移輸入超過(所得流出)は、地域で相応規模の需要があるにもかかわらず地域で供給できていないということであり、改善の余地があるのではないか
求められるビッグ・パーパス
実は、この第3次産業の移輸入超過は、富山市に限らず多くの地方都市の課題だ。チェーン店が広く全国に普及したことや、クラスター化による生産性向上が製造業ほど明確でないことも要因であろう。ただ、結果的に、地方の独自性が薄れ、クリエイティブな仕事が地方で減少していることは事実である。
全米一住みたい都市のポートランドは都市政策の力点をシビック・プライドの醸成に置き、自然と共生する都市像を提示している。また、フランス・パリでは自転車で15分以内に都市機能にアクセスできるようにする「15分シティ」を掲げ、住民中心の豊かな生活像を提示している。いずれも個性豊かな個店が多く地域でサービスを生み出している都市だ。
当市のコンパクトなまちづくりは、さまざまな課題に対応することから、環境未来都市(11年)、SDGs未来都市(18年)など国の施策のみならず、ロックフェラー財団の「100のレジリエント・シティ」(14年)などにも選定されている。「将来市民」に負の遺産を残さないという問題意識が共有された成果であろう。
ただ、地方創生を代表する当市だからこそ、課題解決を乗り越えた先にある「将来市民」の豊かな暮らし、それを実現する取り組みを示すことが必要である。新たにスマートシティ政策が掲げられているが、データの活用を通じ第3次産業の活性化も図り、地域経済循環の再構築にもつなげていくことが求められている。
20年3月に富山駅路面電車南北接続が開業し、市街地の南北一体化が実現した今こそ、課題への対応にとどまることなく、将来の豊かな暮らし実現の目標となる「地方発の魅力ある都市像」を提示すること、それが富山市の羅針盤である。
(日本経済研究所地域本部副本部長・鵜殿裕)
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