ウクライナ危機によって、世界経済の構造が大きく変わりそうだ。米英やドイツなどのEU加盟国はロシアへの金融制裁に加え、原油などの輸入を停止あるいは削減する。そうした措置によって、需給が逼迫(ひっぱく)するとの懸念から原油の先物価格が急騰した。ブロック化へ世界経済の構造=パラダイムが変化することで、自由にモノを貿易することが難しくなる兆候が表れている。グローバル化によって、世界に張り巡らされた供給網=サプライチェーンが遮断され始めた。その結果、経済運営の効率性は低下し、世界的に経済成長率が低下する可能性は高い。
1990年代の初頭以降、ポーランドやハンガリーなどの東欧諸国が市場経済に仲間入りした。中国は改革開放路線を歩み外資企業から製造技術を習得し、豊富かつ安価な労働力を武器に〝世界の工場〟としての地位を確立した。ロシアは天然ガスや原油、希少金属、小麦などの穀物の主要輸出国としての役割を発揮した。米国など主要先進国は、積極的な金融政策によって経済成長率の向上に取り組み、それによって、世界経済のグローバル化が加速した。2000年9月の米ITショックや08年9月のリーマンショックによって一時的に成長率は低下したが、世界経済は低インフレと緩やかな成長率の高まりを実現した。
背景には自由貿易の促進や海外直接投資の増加があり、米国の企業は高付加価値のソフトウエアなどの設計と開発に取り組み、新興国の企業が製品の生産を受託した。国際分業は加速し、先進国企業はコストが最も低い場所で高付加価値のものを生産し、需要が豊富な市場で販売する体制を構築した。世界全体で経済運営の効率性は上昇し、物価が上がりづらい経済構造が整備された。
内需が停滞するわが国では、日本銀行が超低金利政策など緩和的な金融政策を継続した。リーマンショック後は世界的に金融緩和策に依存する国が増えた。
しかし、ウクライナ危機によって欧米各国はプーチン政権下のロシアとの関係を断つ覚悟を強めている。欧州やわが国は別の国からエネルギー資源などを、より高い価格で輸入しなければならなくなる。グローバルに張り巡らされた供給網が組み直され、そのコスト負担が企業の事業運営の効率性を低下させる。結果、世界全体でGDP成長率は低下し、世界経済は、低インフレ環境から構造的な物価上昇へというパラダイムの変化にも直面しつつある。わが国は対応策を急がなければならない。今後、ロシアからの原油や天然ガス、穀物などの供給は減るだろう。原油は、高いからといって購入を我慢するわけにはいかない。また、新しい供給網の確立にはコストと時間がかかる。企業はコストを販売価格に転嫁せざるを得なくなり、価格が上昇するだろう。
ブロック化による〝構造的物価上昇と成長率低下〟に、世界経済のパラダイムがシフトし始めた可能性がある中で、わが国は、経済安全保障の観点からエネルギー政策の転換を急ぐべきだ。それと同時に、教育制度の見直しと強化によって、米中をはじめ世界から必要とされる、ITや脱炭素など先端分野での研究開発力を引き上げなければならない。また、労働市場の改革も急務だ。わが国はアジアや中東、アフリカなどの資源国との関係強化も急がなければならない。改革が思ったように進まないと、わが国が世界のパラダイムシフトに対応することはさらに難しくなる。
すでに、水産品の市場ではわが国の企業が中国勢に買い負けるケースが増えていると聞く。今後、ロシアからのエネルギー資源などの供給が減少し、物流混乱に拍車が掛かれば、世界全体で供給制約はさらに深刻化するだろう。その場合、わが国が経済活動の維持に欠かせない原油や天然ガスを思うように調達できず、電力供給が不安定化する恐れもある。そうなると、わが国経済の実力は低下し、物価が上昇する中で国内の給与水準も落ち込むというかなり厳しい状況を迎えるだろう。ウクライナ危機は、コロナ禍が炙(あぶ)り出したわが国の問題を、一段と深刻化させている。 (3月14日執筆)
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