かつて商店街には必ずあり、私たちの暮らしを支えてくれた八百屋。その役割をスーパーマーケットに奪われ、まちなかで見かけることが減って久しい。
経済産業省の経済センサスによると「野菜・果実小売店」の数は、1991年の4万6700店から2016年の1万8397店まで減少。2021年調査ではさらに数を減らしていることは想像に難くない。
しかし、それだけに本物は残り、ひときわ光り輝く。八百屋という言葉には「野菜・果物の小売商」のほかに、知識に富んだ学問・技芸・趣味などに通じている人という意味がある。そんな八百屋が福岡市にいる。
商う目的は食卓の笑顔
福岡市西区のショッピングセンター「木の葉モール」に店を構え、レジ待ちの行列が途切れない青果店「やおや植木商店」は、20坪足らずの売場でおよそ500種類の野菜と果物を商う。1日当たりの客数は平日で平均1000人、土日祝日は2000人を数え、1日の坪当たり売上高は20万円という繁盛店だ。
3代目店主、植木宏徳さんの一日は深夜0時過ぎ、久留米の青果市場から始まる。4代目を継いだ息子の剛さんと共に、まだ人も商品も少ない市場に誰よりも早く訪れ、刻々と入荷してくる品を確かめ、今日の買い付けを決めていく。
「野菜や果物にはどれも、採れ時、買い時、食べ時という三つの時があります。採れてすぐ食べたほうがよいものもあれば、少し待ったほうがさらにおいしくなるものもある。私たちの仕事は、品種や産地で異なるそれぞれ三つの時を把握し、最もおいしい食べ時をお客さまにお伝えし、家族が集まる食卓を『おいしいねえ』と笑顔にすることです」
こう語る植木さんの品ぞろえの基準は、お客さまの笑顔。昨今の食卓に欠けている家族のだんらんを取り戻し、家族の絆を深めてほしいという願いが込められている。それゆえ、家庭で毎日食べる野菜や果物をリーズナブルな価格で提供することを半世紀にわたって追求してきた。
市場を通さない仕入れは、全国各地の産地を旬の前中後に訪れ、生育状況を確認、生産者と打ち合わせて選別。そのときに重要なのは「産地ではなく、誰から買うか」と植木さん。「良い人柄の生産者のつくるものは良い品質です。産地に出向き、つくり手とコミュニケーションを取る意味はそこにあります」と産地を回る理由を語る。
時間帯によって変わる売場と品ぞろえ
こうして仕入れた商品とお客が初めて出会うのが売場だ。その価値を最大限に伝えてこそ、食卓の笑顔は実現する。
そのため、やおや植木商店では、子育て世代が訪れる昼前後、高齢者が買い物をする夕方、共働きや単身者が立ち寄る閉店前と、時間帯、客層ごとに売場や品ぞろえを変えていく。昼間は品数を豊富にするが、夕方以降は絞り込んで手早く買い物ができるようにするなど、細部にまで目を届かせている。小さな子どもやお年寄りも選びやすいように、陳列台も低く抑えている。
「食べ比べ」も同店の特徴だ。一つの商品だけの「試食」のことではない。たとえばカボチャやサツマイモなど、同じ品種でも最低3、4種類をそろえ、お客に食べ比べてもらう。だからお客は納得して買え、安心して食べられる。
「野菜など食とは本来、命を育むもの。利益を生むための道具にするべきではないと思っています」という植木さんにとって、利益とはお客さまの笑顔。儲けはその後についてくるものだという。こうした思いに裏付けられた毎日の地道なマーチャンダイジングとマーケティング、そしてそのたゆまない向上こそ同店の繁盛の源泉にほかならない。
(商い未来研究所・笹井清範)
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