島根県松江市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータが欠かせない。今回は、出雲神話から始まる歴史文化を持ち、人口20万人を擁する山陰最大の都市である国際文化観光都市「松江市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
独自集積を誇る都市
古代出雲の中心地として古くから栄え、江戸時代には松江藩の城下町、北前船の寄港地として発展してきた松江市は、島根県の社会的・経済的中心地であり、高い拠点性を背景に都市生活関連サービスが集積し、それがまた拠点性を高めてきた。この構図は、東京一極集中と同じであり、現在、同市が島根県の人口やGRP(地域内総生産)の3割を占めている。
拠点性の特徴は、松江市の地域経済循環(2018年)にも現れている。「分配」段階では、就業者が集まるため雇用者所得は流出、支店・事務所が集まるため域外本社への利益移転が生じている。巨額の財政移転も、拠点性によるものであろうし、「支出」段階でも人が集まるため民間消費が流入している。
ただ、地域の貿易収支などを示す域際収支は1千億円を超える赤字(所得流出)だ。国内外の大都市との競争にさらされることで、拠点性を稼ぐ力に変え大幅な域際黒字(所得流入)を実現している東京とは、大きな隔たりがある。
第3次産業の労働生産性を見ても、松江市は783万円と全国平均を200万円近く下回っている。都市生活関連サービスが集まるものの、高付加価値帯は供給できず、域外に依存しているからだ。中でも、「宿泊・飲食サービス業」が421万円と全国平均並みにとどまっている点は、まちの至る所に歴史・文化の風情が残るだけに、もったいない。有形無形の地域資源活用よりも、利便性追求というミニ東京化を優先してきた当然の帰結でもあろう。
一方で、域際赤字は、地域住民らが使う所得の総額が、地域の生産額(付加価値額)を上回っていることを意味しており、生産活動における付加価値創出力の拡大余地があるともいえよう。
違いを浮き彫りに
コロナ禍が地域に与えた教訓の一つは、危機時に耐え得るだけの蓄積ができるよう、平時からあらゆる手段で稼ぐ力を高めることだ。そのためには、近隣市町村との「違い」を意識する必要がある。
観光振興策の一つに広域連携がうたわれるが、同じ商品が集まっても訴求力は高まらない。同じカテゴリーでも多種多様性が重要であり、同じ山陰ながらも、それぞれの市町村が違いを意識することで、地域全体の競争力向上へとつながっていく。
この点は、移住定住においても同様であり、選ばれ続けるためには、違いの明確さが重要だ。関係人口の創出においても、違いのエッジが効いていることが大きな誘因となろう。
幸い、松江市には、神話の時代から現代まで続く歴史の積み重ねがあり、代えがたい伝統・生活文化がある。また、宍道湖畔に位置し、中海へと流れる大橋川が市街地を南北に二分するという他にまねようがない特徴もあり、水の都として、ミズベリング(水辺空間の民間活用)の可能性も広がっている。加えて、民間の知恵を活用して温泉街としての再生を図った玉造温泉の例もあるように、域外からナレッジを集める力もある。
あとは、「文化」を意味するカルチャーの語源が「耕す」であるように、これら有形無形の地域資源を耕し、違いを見いだし、可能であれば地域文化に昇華できるよう、価値を重ね続ける仕組みづくりが求められている。
パークPFIといったPPPの積極的な推進はもとより、水辺も視野に入れたエリアマネジメント法人を設立、都市再生推進法人として、主体的・自立的なまちづくりの担い手育成も考えられよう。
まずは水辺空間と歴史的風情という違いを活用し、民間の知恵を取り込みながら、稼ぐ力を高める取り組みを続けること、これが松江市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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