メタバース(metaverse)とは、英語で「超」を意味するメタ(meta)と宇宙(universe)を合わせた造語で、インターネット上に構築した仮想空間のこと。実在のまち並みを再現したり、架空のオフィスやイベント会場を創造したりできるため、各方面から注目を集めている。とはいえ、これで何ができるのか? 生活やビジネスにどのような変革をもたらすのか? 大きな発展が予想されるメタバースについて、NTTデータ・技術開発本部の山田達司さんに解説してもらった。
山田 達司(やまだ・たつし)
NTTデータ 技術開発本部 イノベーションセンタ シニア・スペシャリスト
現実世界と仮想空間が融合した世界
─メタバースの国内市場規模は今後、大幅に伸びていくことが予測されていますが(図1)、まずはこのメタバースとは何なのか、ご説明いただけますか。
山田達司さん(以下、山田) 一般的な受け取られ方は、インターネット上に仮想の3D空間があり、そこに人がアバター(仮想空間で活動する自分の分身キャラクター)という形で入って、ほかの人と交流する、ゲームで相手を倒す、会議をする、展示会を見て回るなど、実世界とは別の世界を楽しむというイメージだと思います。オンラインゲームのような、そこで展開される世界の中で自分のキャラクターを操作して、ほかの参加者と協力してゲームを進めていくのも、広義ではメタバースの一つです。
実際のメタバースでは、基本的に実世界と同じような仕組みや法則が再現されています。例えば物を手放すと落ちるとか、話し声や音が遠くに行くと小さくなるといった物理法則が仮想空間内で再現され、限りなく現実に近いものになっていく。このように「現実世界と融合している」ところが、オンラインゲームとは異なる部分です。
─メタバース上では、実際にほかの人と交流したり、現実を模したものを体験したりすることができるわけですね。
山田 はい。例えばオンライン会議では、互いに遠くにいる人とでも、VR(バーチャルリアリティー)のヘッドマウントディスプレイ(頭部に装着する映像表示装置)をかけると、本当にテーブルを人が取り囲んでいるように話し合いができます。そこにいるのはそれぞれのアバターですが、アバターたちは人の動きに合わせてうなずき、身ぶり手ぶりもするので、臨場感があります。私も最近はオンライン会議にアバターで参加していて、アバターだと身なりに気を使う必要がありませんし、それでも表情を出したり身ぶりを加えたりできるので、意外といいです。
そのほかにも、例えば「バーチャル渋谷」というような空間では、渋谷のまち並みが再現されて、そこに人(アバター)が集まってきます。そして、現実世界の渋谷に人が増えてきたら、メタバースの方も人が増えてくるとか、メタバースにいる人と現実世界にいる人が会話できるとか、現実世界と仮想的な世界がどんどん融合していくだろうといわれています。
仮想空間の中でも経済的な活動が可能に
─このメタバースが、なぜ今注目されているのでしょうか。
山田 その名前が世間に広く知られるようになったのは、フェイスブック社が1年前に、メタバースの開発を事業の中心にするために社名を「メタ(Meta)」に変えたことが大きいと思います。技術的な流れとしては、ここ数年、VRやAR(オウギュメンティッド・リアリティー=現実世界と仮想空間を重ね合わせて表示する技術)のためのヘッドマウントディスプレイが進化してきて、一般の人が手軽に使えるようになったことが挙げられます。それを使うと、本当に自分がその世界に入り込んでいるような感覚を得られ、非常に高い没入観を持ってそこに参加することができるようになります。
そして、もう一つ重要な点は、メタバースの中に経済活動が組み込めることです。仮想空間の中で物を売ったり、ほかの人に対して何らかの価値を提供したりして、その見返りとして謝礼を受け取るといったことが可能になるのです。3Dの映像も、メタバース内で行われているイベントや経済活動、それにヘッドマウントディスプレイの性能も、まだ完成度はそれほど高くありませんが、今後どんどん良くなっていくと考えています。
─現在はどのようなことにメタバースが使われていますか。
山田 一部の先進的なユーザーたちは、VRを使って仮想空間に集まって一緒にゲームをするとか、おしゃべりをするとかいったことを以前からしていました。そこから発展して展示会やイベントを開催するようになったところでコロナ禍になり、人と人が実際に会うとか、多くの人が一カ所に集まるのが難しくなったことから、メタバースはイベントの開催によく使われるようになりました。例えば同人誌の即売会やコンサートといったものをメタバースの中で行うケースが増えました。
技術的な問題をクリアすれば市場規模はさらに大きくなる
─メタバースでの経済活動の面では、どういったことができるようになるのでしょうか。
山田 経済面で注目されているのがNFT(非代替性トークン)と呼ばれるものです。これは簡単に言うと、デジタルデータに資産価値を持たせる技術のことで、NFTの市場規模はすでに数兆円に達しているといわれています。昨年、ツイッター創業者の最初の投稿が何億円で売れたとか、猿のイラストが何十億円で売れたことが話題になりました。
このように、メタバースは自分だけが所有するデジタルデータを資産価値として活用する場所として非常に有望とされています。ただ、日本における法的な裏付けの部分がまだ明確ではなく、技術的な面でも解決すべき問題は多くあります。それらがクリアされれば市場規模はさらに大きくなると、期待が寄せられています。
─VRとNFTという二つの異なる技術がメタバース上で一つに融合したわけですね。
山田 さらにもう一つ、ここに加わるのがデジタルツインという概念です。これは現実世界で収集したデータを使い、コンピューター上に同じものを再現してさまざまなシミュレーションをして、その結果を現実世界に戻していくという考え方です。例えば工場で組み立てラインを替える必要が出たとき、デジタルツインの中でラインの組み替え方による生産量の違いを事前にシミュレートすれば、より良い結果が出せるラインにできるというものです。
メタバースは、このデジタルツインと親和性が高い。都市計画などでは、新しい道を一本つくると人の流れがどう変わるかは、現状では道をつくってみないと分かりませんが、メタバースのバーチャル渋谷であれば、実際にそこに人が入って動き回るので、新たな道をつくってみて、人の流れがどう変わるかを見ることができます。現時点の技術では、まち並みをバーチャルに再現したといっても、それほど精密ではないし、人の動き方も不自然ですが、技術が進化していけば、本当に自分が渋谷にいるかのような感覚を表現できるようになっていくと思います。
メタバースを自社ビジネスでどう活用するかを考える
─現在、企業ではメタバースがどのように活用されていますか。
山田 今はいろいろな企業や組織が試行錯誤しながら取り組んでいる段階です。例えば2025年に開催される大阪・関西万博では、メタバース上に「バーチャル大阪」を展開し、そこに大阪城や道頓堀付近を配置して、国内外の人に大阪のまちを事前に体験してもらう取り組みを行っています。企業では自社の建物をメタバース上に再現して、会社訪問ができるようにしたり、決算発表会や新製品発表会、学生向けの就職案内イベントを実施したりしているところもあります。
その中で、すでに実用的に使われているのが不動産関係です。メタバース上につくったモデルハウスやマンションの内覧をして、壁を何色に塗るとか何をどこに置くといったことができます。また、実際にある賃貸アパートの部屋をメタバース上で見られるようにしているところもあります。
─メタバースの活用は、地方の企業や中小企業にはどのようなメリットをもたらすでしょうか。
山田 いろいろなものがデジタル化されてメタバースの中で展開されるということは、物理的な制約を受けなくなるということです。インターネットを使ったリモートワークのように、業務を行う上で距離が制約ではなくなるので、働き手が集まりにくい地方の企業にとっては非常に大きな意味を持つと思います。また、都市の一等地にオフィスを持つ必要もなく、地方の企業でも競争力を持っているものがあれば、全国でビジネスができるようになると思います。
─将来メタバースを活用していくために、今はどのようなことをすればいいでしょうか。
山田 これらの世界が1、2年後に来るとは思えませんが、いずれは訪れることを認識して、ユーザーとしてさまざまなメタバースを体験して、これを使うと自社のビジネスにどう役に立つかを想像しながら、頭の体操をするところから始めるのがいいと思います。パソコンやインターネット、スマホも、出たばかりのころは何ができるのか分からなかったし、使いこなせる人も少なかった。でも、今では誰もが使っています。メタバースもいずれはそれと同じようになると思います。それに備えて、今からメタバースを使ったビジネスを考えていくのがいいと思います。
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