わが国の農林水産物・食品の輸出額は2021年に1兆円を超え、25年に2兆円とすることを目指す。今や食品の輸出に力を入れている企業は、日本産というだけではなく、輸出先となる各国の事情に合わせて独自の製法を生かし、細かな戦略で新たな需要を開拓している。そんな地域企業の取り組みを追った。
各国の食文化に合わせ養殖ブリを加工して輸出
九州近海で主にブリの養殖、加工、販売を行っている兵殖は、ブリ養殖業者が通常使用している48倍も広さがあるいけすで養殖したブリを北米、EU、アジアに輸出している。輸出を始めてから40年近くがたち、現在では輸出先の食文化に合わせ、北米向けはフィレ(三枚おろし)、アジア向けはラウンド(尾頭付き)を出荷している。また、海外の展示会にも積極的に参加し、現地の問屋と商談を行っている。
米国からの依頼で大型の冷凍ブリを輸出
兵殖は、1962年に兵庫養殖漁業生産組合として設立され、兵庫県の淡路島で養殖業の黎明期に養殖を始めた。その後、高度経済成長とともに瀬戸内海の環境が悪化するのを見越し、早い段階で漁場を九州近海に移し、現在は宮崎、大分、長崎の各県に2カ所、高知県に1カ所の養殖場を持っている。そして2000年に株式会社兵殖を津久見市に設立し、本部を現在の場所に移した。
「当社のブリ養殖の特徴は縦横60×40m、深さ20mという、通常の48倍も大きいいけすを使っていることです。天然に近い環境なので、運動量が豊富で身の締まりがいい。日本でこれをやっているのはおそらく当社だけで、『ひろびろいけす』と名付け、PRポイントにしています」と、社長の中迫猛さんは自信を持って語る。
同社が輸出を始めたのは1985年。米国の輸入業者から大型ブリの出荷依頼があり、冷凍で送って現地の日本料理店に納めたのが最初である。以来コンスタントに年間10万尾の冷凍ブリを輸出するようになった。養殖の魚でも旬があり、ブリの旬は冬。その最もおいしい時期に北米向け1年分を水揚げして冷凍後、約1カ月の間に冷凍コンテナで送っていた。
「それを十数年続けてきたのですが、98年ごろからあまり売れなくなりました。魚の種類にもよりますが、ブリは冷凍すると血合い(身の暗赤色の部分)の色が変わってしまうんです。一酸化炭素で処理すれば変色しないのですが、米国側はそれで認められても日本では法律で禁止されていて、企業倫理として当社ではやりませんでした。それで一時的に輸出量がやや減少してしまいました」
先行投資の意味合いも兼ねて海外の展示会に積極的に参加
そこで同社では、配合飼料を改良し、水揚げ後に船上で行う活け締めの方法も研究し、血合いの変色を極力抑えることにした。さらに他社との差別化を図るために、冷蔵(チルド)で輸出する物流工程も確立していった。
「日本では水産物は冷やして運ぶのが普通ですが、ほかの国ではそうではないので、現地に着いてからの保管や輸送時の温度管理をしつこく指示しないといけません。輸出する際に温度を記録する機器をブリと一緒に入れ、どこで温度が上がっているかのデータを提示して、それぞれの業者に改善を要求しました」と中迫さんは苦労を振り返る。
現在、同社ではブリを水揚げした後、2時間以内にHACCP認証を受けた高度衛生管理システムの自社加工場でフィレやラウンドに加工し、水産物専門商社を通じてチルドで空輸している。海外での受注や輸出業務は商社に任せているが、海外の展示会には商社と連携して積極的に参加し、現地の問屋との商談も行っている。
「その国の寿司(すし)屋や日本料理店に足も運んでいます。ヨーロッパでは西洋料理のシェフに試食してもらい、食感がいいからと使ってもらえることもあります。そういった活動が費用対効果として合わない国もありますが、先行投資の意味合いも兼ねてやっていました」
輸出するブリは、各国の食文化に合わせて加工している。例えば北米では魚の頭を食べないためフィレに、アジアでは頭も食べることからラウンドのまま送っている。そのような工夫もあり、北米・ヨーロッパ・アジア向けに合わせて年間約12万尾を輸出しており、原材料として出している分も含めると14万~15万尾にもなる。
国内向けの量を減らさずに海外向けを増やしていく
同社はクロマグロも養殖しており、大分県津久見市沖、豊後水道で養殖したクロマグロを「豊後まぐろ ヨコヅーナ」と名付け、2016年からブランド展開している。速い潮流と低い水温の中、通常より1年長く育成されたマグロは身が締まり、うまみが凝縮されている。生産数はまだ少ないものの、海外への輸出も開始している。また18年にはサンリオと提携し、アジアでも人気のキャラクター、ハローキティとタイアップしたプロモーションを開始している。
「これまで北米とアジアへの輸出量が大きく増えていましたが、コロナ禍の1年目は前年の8割減になりました。日本ではブリは大衆魚なのでスーパーなどでの販売が多く回復が早かったのですが、海外の場合は輸送コストがかかるので高級品で、圧倒的に外食への販売です。海外はロックダウンでレストランが閉まり、需要が急激に落ちました。とはいえ、輸出向けは国内向けに比べて数が少ないので、大きな打撃にはなっていません」と中迫さんは言う。
世界の人口が80億人を超え、今後ますます食料の需要が増えていく。海の資源は限られており、肉類の生産も土地が限られているため頭打ちになる。そのため魚の養殖は食の確保のために、さらに重要になってくるのは確実である。
「10年後、全体の漁獲高のうち養殖が8割を占めることが予想されます。そのため、いかに海を汚さずに養殖を行っていくことがさらに重要になります。今後、国内向けの量を減らさずに海外向けを増やしていくには、漁場と人員を増やす必要があります。どちらもすぐにできることではないので、時間をかけて進めていきます」
日本だけでなく世界中においしいブリを届けるために、同社は努力を惜しまないつもりだ。
会社データ
社名 : 株式会社兵殖(ひょうしょく)
所在地 : 大分県津久見市高洲町3824-71
電話 : 0972-82-8200
代表者 : 中迫 猛 代表取締役社長
従業員 : 152人
【津久見商工会議所】
※月刊石垣2023年1月号に掲載された記事です。
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