2011年3月11日に起きた東日本大震災から12年の歳月がたった。課題が残るものの、東北各地の被災地では順調に復興が進んでいるように見える。地域一体となって取り組みを進め、被災地の完全復興へ加速度を上げている東北各地の"元気企業"を紹介する。
長井で復活、浪江を再興 酒文化を全国に発信 鈴木酒造店長井蔵
福島県浪江町請戸地区で酒づくりをしていた鈴木酒造店は、東日本大震災と原発事故で全てを失った。一時は廃業も覚悟したが、奇跡的に山形県長井市への移転がかない、21年には念願の浪江の地でも酒づくりを再開した。
山形県の老舗酒蔵を継承して再起を図る
鈴木酒造店の創業は江戸時代末期の天保年間(1830~44年)。代表取締役で杜氏(とうじ)の鈴木大介さんによると、なりわいは江戸出しの廻船問屋だったが、相馬藩より濁酒製造を許されたことで酒づくりが始まったという。海にまつわる仕事だったため、酒蔵は海のすぐ近くという珍しい立地であり、主力銘柄の「磐城壽(いわきことぶき)」は大漁を祝う酒として愛された。
長男として生まれた鈴木さんは、東京農業大学卒業後、奈良県の梅乃宿酒造で修業をして1999年に鈴木酒造店に入った。当時の製造量は300石(一升瓶で3万本)程度の小規模だったが、仕込みの工夫や契約農家の協力を得て少しずつ製造数量を増やし、東日本大震災前の2010年度には「500石になった」という。そして先代社長と相談して、11年夏に大々的に酒蔵の改装を計画していたところ、東日本大震災に見舞われた。海に近いことが災いし津波によって全建屋が流失、原発事故に伴う避難指示により、浪江町にとどまることができなくなった。家族・親戚で山形県米沢市に避難した鈴木さんは廃業も覚悟していたが、そこへ二つの"朗報"がもたらされた。
一つは、震災の2カ月前に公設試験研究機関の福島県ハイテクプラザに送っていた「山廃酒母(しゅぼ)」が残っているという知らせだ。これがあれば家付酵母(醸造場独特の酵母)が取り出せる。それはほかの地で酒づくりをしても請戸地区の酒蔵の歴史がつながることを意味する。その時の喜びを鈴木さんは「暗闇に頭上からすう~と垂れてくる1本のクモの糸のように感じた」と表現する。
もう一つは、長井市で廃業を検討していた老舗酒蔵の東洋酒造を引き継がないかという提案があったことだ。請戸地区で再起したいという思いが強かった鈴木さんだが、酒づくりの環境が整うまでには時間がかかる。「磐城壽」復活を望む地元の人々の思いに応えるため、鈴木さんは11年10月に東洋酒造を買収し、11月に従業員10人で23BY(Brewery Yearの略で平成23年酒造を表す)の製造に着手。12月に東洋酒造から鈴木酒造店長井蔵に名称を変えた。鈴木さんは「磐城壽」はもちろん、東洋酒造の佐藤俊子社長から存続を頼まれた銘柄「一生幸福」「甦る」の製造も開始。数量よりもとことん品質を追う姿勢が、特に食に対する意識の高い飲食店に評価されて、長井蔵の酒づくりは軌道に乗った。地元の高い技術を持つ米農家との付き合いも深まった。
酒づくりが始まると、醪(もろみ)から酒を搾ることによって生まれる副産物である酒粕(さけかす)の処分に困るようになった。ほとんどは産業廃棄物として捨てるしかないのだが、それではもったいない。「酒粕は栄養が豊富なので、もしかしたら肥料になるのではないか」とひらめいた鈴木さんは、農家と一緒に実験したところ、「肥料にはならなかったのですが、雑草が生えにくくなりました」。肥料化には失敗したが、原料米から生まれた酒粕を雑草の抑制剤として使ってまた原料米をつくる、そんな循環システムが出来上がった。
コロナ禍を乗り越える施策を次々と打ち出す
そこへコロナ禍となった。鈴木さんの酒を評価し、ストーリーを交えながらお客さまに丁寧に勧めてくれていた飲食店や代理店が影響を受け、20年の4月、5月の売り上げは前年比で半分以下に激減してしまった。しかし、鈴木さんは前向きだった。「YouTubeを通じてストーリーを伝える動画などを配信したり、オンライン飲み会の開催や、地元旅行社と組んでオンライン酒蔵見学などを企画したりしました」。その結果、新たな層が鈴木さんの酒のファンになってくれたという。
震災から10年後の21年3月、浪江町の復興のシンボル「道の駅なみえ」に隣接する形で「なみえの技・なりわい館」が完成、鈴木酒造店は公募事業者として入居、浪江産の米や水、品質にこだわった酒づくりを復活させることができたが、それもコロナ禍と重なった。
浪江蔵の酒の生産体制も整ったとはいえず、最大220石の生産能力をフルに生かすことができず170石~180石にとどまった。
「ただ、浪江蔵は生産量を増やすことを第一の目的としているわけではありません」と鈴木さん。
「浪江町は、原発事故によって人が住める住めないというギリギリの選択を迫られたまちですから、その経験を生かしてまちおこし、まちづくりに困っている自治体のお手伝いができるように浪江蔵は小ロット・多品種のお酒の製造ができる体制になっています。例えば地元に良いお米があるんだけど、良い水があるんだけど、近くにお酒づくりを頼めるところがないという地域の酒をつくる受託製造を視野に入れています。あとは、試験的な酒づくりをどんどん進めていきます」
そのような浪江蔵が独り立ちできるように、長井蔵が浪江蔵を支援する態勢を整えた。「浪江蔵は米農家が少なく、多くの品目をつくれません。そこで例えば長井蔵でみりんをつくって浪江蔵に送り、糖を添加しないリキュールをつくる。長井蔵でつくっている酒粕をお菓子にして浪江蔵で販売する。それを使命と考えています」
とはいえ、浪江町には人が戻っておらず市場は小さい。まちは23年3月の避難指示解除(17年に一部解除されている)を目指しているが、22年12月末時点の居住人口は1947人に過ぎない。販売店も激減したため通販に力を入れているが、「送料を負担してまでお客さまに買ってもらうためには、より意識していい酒をつくらなければなりません」と、鈴木さんは逆境をバネにして前へ進む。
「酒は土地の食に濃密に絡んできます。その関係を酒蔵の立場からきちんと説明できるように、地域の文化、地域の食材、料理の仕方、食べ方を学び、イベントを企画しているところです。また、AIを活用して福島県沖で水揚げされたスズキやカレイなど『常磐もの』の魚種に合った専用の酒を開発して年間を通して8種類販売します」
このような協働はぐい飲みやタンブラーのような酒の器でも行っている。浪江町で300年以上の伝統を誇る陶器「大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)」の窯元があった大堀地区は帰還困難区域に設定されてしまったが、いわき市や福島市などに移転して再開している窯元がある。
「大堀相馬焼は内側と外側で二つの器を重ねる「二重焼(ふたえやき)」というダブルウォール構造になっているので、外側は変えずに内側のつくりを変えることで、酒の味の変化を楽しめると面白いという話をしています。このように浪江があるから展開できることもあるし、長井という土地の強さもあるし、その二つの良さをいただいて事業を伸ばしていきたい」
鈴木さんが自社の酒を売ることだけを考えず、地元の産品を生かすイベントを企画している背景には、一次産業に従事する人たちの高齢化という危機感がある。
長井でも状況は同じなのですが、農家さんの平均年齢が60歳後半に差し掛かってきているので、これからは耕作を放棄された空き農地がどんどん増えていく。それに歯止めをかけて後継者に来てもらうためには、地元の良さ、地元の産品のおいしさを、地元の人にまず理解してもらわなければなりません。そうすれば、地域外から人を呼び込む下地ができます。こうした作業は、どの地域 でも取り組む必要があります。そこで最初に浪江で形にしたいと考えたのです」
本年の秋口には浪江町で地元産品の収穫祭を予定している。地元出身の一流シェフや料理人を県内外から招く。鈴木さんの酒と地元産の農作物や鮮魚がどのようなマリアージュになるのか楽しみだ。
地元の個性と歴史が味わえる酒を輸出
海外進出にも積極的で、縁起のいい漢字が使われた「一生幸福」を中国、香港、シンガポールに出荷している。
「欧米よりも先に、アジアのお米文化圏を開拓する」
そのためには、時流に乗った新たな銘柄を開発していくのだろうか。鈴木さんには、その考えはない。
「今、飲みやすいお酒がはやっていますが、私たちが海外進出するときに、そういう飲みやすいお酒をつくっていても受け入れられないと思うのです。例えば海外市場に向けてワインのようなフルーティーなお酒をつくっても、海外の人に私たち生産者の気持ちが伝わらない。この酒は、こういう地域でつくったから、このような酒の味になっているのだということをしっかりお伝えした方が、海外の消費者に受け入れられるのではないでしょうか」
その代わり、海外の消費者に"刺さる"工夫をする。 「AIの活用です。この料理にはこのお酒が合う、この酒はこの料理に合わせるとおいしい、ということをAIによって数値化することで、根拠のある提案ができます」
国内市場に向けても、新しい銘柄を次々に投入することはしないという。
「今、長井蔵でつくっている500石は生産能力の上限です。銘柄を増やすのではなく、品質をより向上させて、歴史や自然環境といった地域性を表すお酒をつくっていかないと(競合製品に)埋もれてしまうでしょう。そこは十分認識して酒づくりをしています」
長井市と浪江町に鈴木酒造店を復活させた鈴木さんの挑戦に終わりはない。
会社データ
社名 : 鈴木酒造店長井蔵(すずきしゅぞうてんながいぐら)
所在地 : 山形県長井市四ツ谷1-2-21
電話 : 0238-88-2224
HP : http://www.iw-kotobuki.co.jp/
代表者 : 鈴木大介 代表取締役
従業員 : 11人
【長井商工会議所】
※月刊石垣2023年3月号に掲載された記事です。
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