名古屋大学名誉教授の福和伸夫さんは、地震工学や耐震工学の専門家として、長年にわたり地域主体の連携による防災・減災の重要性を提唱している。来たるべき巨大震災に立ち向かうために、今すぐ取るべき防災・減災への備えについて伺った。
福和 伸夫(ふくわ・のぶお)
名古屋大学名誉教授
歴史を振り返ると、日本は地震や、水害、台風など、大きな自然災害に繰り返し襲われてきた。そして近年は、南海トラフ巨大地震、首都直下型大地震、富士山噴火など、"いつ起きてもおかしくない"巨大災害が予測されている(図1)。名古屋大学名誉教授で、建築耐震工学や地震工学、地域防災の専門家である福和伸夫さんは、巨大震災に立ち向かうためには「温故知新と転禍為福」の心構えが必要だと説く。
過去の震災の経験を踏まえた準備で次の時代が決まる
─歴史的に見ると、日本列島では大きな自然災害が繰り返し起こっています。
福和伸夫さん(以下、福和) かつての日本には大災害を乗り越える力がありました(図2)。江戸時代の1703年に江戸で元禄地震、その4年後に南海トラフ地震と富士山の大噴火が起こり、翌年には京都で大火災が発生しました。それを立て直すために新井白 石が「正徳の治」を始め、その後八代将軍の徳川吉宗が享保の改革を行いました。
江戸時代後期に連続して起こった安政の大地震(1850年代の東海地震、南海地震、江戸地震)では、その前後に黒船が来たり、コレラが大流行したりして国内が乱れましたが、その後の明治維新により新しい日本ができました。また1923年の関東大震災でも、後藤新平が帝都復興計画を推進して、それが今の東京の礎となっているわけです。
このように、日本はこれまで大震災を転機にして、新しい時代をつくり上げてきたのです。それぞれの時代の人たちが過去の経験を踏まえて次の時代を見据え、しっかり準備をしているかどうかで次が決まる。それが「温故知新」であり「転禍為福」、つまり「災い転じて福となす」ということなのです。
─近年では阪神・淡路大震災と東日本大震災という二つの大きな地震を経験しました。これにより、日本では防災意識や建築物の耐震化状況にどのような変化があったのでしょうか?
福和 二つの震災で防災意識は高まりましたが、日本人は熱しやすく冷めやすい。防災は長期的に取り組むべきことですが(図3)、企業は短期的利益を求める傾向があるので、分かっていても取り組みにくい部分があると思います。
また建築物の耐震化状況については、公的な建物は多くが耐震化されましたが、いまだに民間の建物ではほとんど進んでいない状況です。最近、緊急輸送道路(災害直後、応急活動のために緊急車両の通行を確保すべき重要な路線)沿いの古い建物の耐震診断結果が公表されてきていますが、ほとんど改善されていません。改善しているのは、多くがスーパーゼネコンが請け負った大企業の建物です。そうではない建物は、費用や人の問題などで耐震化はほとんど進んでいません。
縦割り行政の影響により時間がかかる災害後の復旧
─巨大震災発生時に大きな被害が予想される大都市圏のインフラ整備状況については、どのように分析していますか?
福和 大都市のインフラは相互に依存しているので、どれか一つでも途切れたら全部止まります。例えば昨年、愛知県の明治用水頭首工で水漏れが起きたことで、農業用水に加え工業用水も止まり、それにより火力発電所や周辺の自動車産業にも影響が出てしまいました。
このようにライフラインは相互依存しているが、縦割り行政のためにインフラ全体を見る人がいません。例えば水。農業用水は農林水産省、工業用水は経済産業省、上水道は厚生労働省、下水道は国土交通省と、監督官庁が異なっています。平時は分業制の方が効率はいいのですが、大規模災害発生時のことを考えると、復旧に時間がかかる。それが大きな問題です。
インフラは公共のものなので、役所が全部やってくれるものと、皆さん人ごとだと思っています。しかし、災害が起こったらインフラがすぐに復旧するわけではないことを理解することで自分事となり、個人も企業も自分でなんとかしようと防災対策を始めるのではないかと思います。
─そのためには、個人や企業は何をすべきでしょうか?
福和 自分の家でできること、地域社会でできること、さらに市町村、都道府県、広域ブロックでできることを考え、階層的に自律分散協調型の社会をつくる必要があります。個人的な意見ですが、危険で過密な東京に住んでいる人は地方に引っ越した方がいい。今はテレワークが可能なので、東京にいなくても仕事ができ、安全な場所に広い敷地を確保して、豊かな生活ができます。会社も同じで、家賃が高いところに広いオフィスを持つ必要はありません。従業員には地方で豊かな生活をしてもらい、仕事はテレワークで、ときどき本社に来てもらうという勤務体系も可能です。
日本中の力を結集できる仕組みをつくっておく
─企業に災害などの緊急事態が発生した際に、事業継続のための方法、手段などを決めておくBCP(事業継続計画)の策定は、どのようにすればいいでしょう?
福和 まず企業の経営者が防災・減災対策に積極的でなくてはいけません。いつ来るか分からない災害に対して長いスパンで物事を見られない経営者では、防災・減災対策はできませんから。BCP策定については、まず大災害が起こったときに、自社に何が起きるかという想像力が必要です。BCPはそういったときのことを想像するためにつくるわけです。災害が起きたときに企業がどうなるかをイメージできて初めて、その対策を講じることができるのです。ですから、事業継続計画をつくることは目的ではなく、それをつくるプロセスが大事で、しかも1回つくったら終わりではなく、常に見直していく姿勢が必要です。
─災害が発生したときのことを考え、具体的にはどんな対策を取るべきなのでしょうか?
福和 対策は各企業によって異なりますが、共通することは、災害危険度が高い場所に工場やオフィスをつくってはいけません。そして、地震に建物が耐えられなければいけませんから、建物の耐震化が必要です。また、いざというときのために別の場所に工場をもう一つ持っておくとか、製品を備蓄しておく。仕入先が被災して部品が供給されなくなることを考えて代替手段を用意しておく。ライフラインの途絶に備え、井戸を掘っておき、太陽光発電や蓄電池、ディーゼル発電機も持っておく。そして、建物が壊れなくてもソフトが壊れたらおしまいですから、デジタル化したデータや情報は別の場所にバックアップを取っておくといったことも重要になります。
─各地域の商工会議所は、防災・減災対策において何をしておくべきだとお考えですか?
福和 これまでの大規模災害において、各地の商工会議所は被災事業者支援や地域経済の早期復旧・復興の中核的な役割を果たされてきましたが、災害で商工会議所が機能しなくなったら、地域の中小企業を救うことができなくなったり、地域経済全体の復興が遅れたりしてしまう可能性があります。ですので、まずは安全な場所に商工会議所があるか、建物が耐震化されているか、建物の中の家具・什器が固定されているかどうかを確認し、対策を取ることです。さらに電気がないと何もできないので、発電機を用意することと、連絡手段として衛星携帯電話を1台、移動手段としてバイクを1台持っていると安心です。
あとは、会員企業間で助け合いができる仕組みをつくり、近隣の商工会議所同士が助け合える連携を進めていくべきです。もう一つは地域を超えた共助のシステムも必要で、日本中のあらゆる力を結集できる仕組みをつくっておくべきだと思います。
困り事の解決策を地域で考え未来のビジョンをつくる
─福和さんは、減災連携を目的に名古屋地域で「本音の会」を立ち上げたそうですが、これはどういったものなのでしょうか。
福和 この会は、地域の自治体や中核企業の担当者と一緒になって2014年に立ち上げました。参加企業は1業種1社にして、入会資格は「自分の組織の悪いところを正直に話すこと」と「ウソをつかないこと」の二つ。月に1回集まり、そこで聞いたことは口外せず、オフレコだからこそ言えることを話し、地域を守るために自分たちができること、できないことを本音でぶつけ合い、減災連携を探っていきました。なぜオフレコにしたかというと、自分の組織の内情や弱みを話してもらわないと、震災という、いざというときのための対策が検討できないからです。
そこでまとめた重要な事柄については、中部経済連合会でもう一度議論をして、提言として国に出しています。これまでに二つの提言をまとめるとともに、国に研究会を設けていただき、そこに商工会議所の方々も参加してくださいました。それがきっかけで日本商工会議所の社会資本整備専門委員会の下に地域BCM研究会が設置されました。
名古屋地域の「本音の会」の傘下組織は最終的に100ほどになりましたが、昨年3月に一度解散しました。これまで基本的に話の内容はオフレコで、1業種1社でしたが、それだと前に進みにくくなったからです。そして、新たに「産業防災研究会」を立ち上げました。メインのテーマは同じで、多少オンレコ。多くの企業や自治体に参加していただくために、1業種1社という制限もありません。
「現代版参勤交代制」で東京と地方の循環を図る
─ほかの地域でも同じことを始めるにはどうしたらよいですか?地方と東京などの大都市圏との関係はどうあるべきでしょうか。
福和 その地域を大好きな人が中心になって、何らかの会を始めればいいだけです。大学や企業が中心になる必要はありません。地域の困り事の解決策を皆で考えながら、地域の未来のビジョンをつくっていくのです。
これは今の日本で一番欠けていることなので、地域のあらゆる力を集めるような仕事をやればいいと思います。防災・減災って、一番みんなが手を組みやすいのです。そういうことの大切さを感じてくれる人が出てきてほしいのです。こうした取り組みを行う商工会議所も徐々に増えてきていますが、今後もそうした取り組みや役割が一層期待されます。
理想としては、東京に出た人たちがそこで学んだことを地元に還元してくれるようにするのが一番いい。いわば「現代版参勤交代制」で、住居は地方に置いてテレワークで仕事をして、ときどき東京の会社に行って、地方の文化を東京に持っていき、東京の文化を地方に持って帰ってくるというようにすると、いい循環が生まれます。近い将来、震災が起きることを前提に、未来の国づくりを今のうちにしておくわけです。
それができるのは商工会議所だと思います。こんなに立派な地方組織は、ほかの経済団体にはありませんから。今は地方が東京に依存しすぎていて、東京が大きな被害に遭ったら国中が困ってしまいます。でもこうすることで、ほかの地域は自分たちだけでもなんとかやっていけます。また、被害に遭ったほかの地域を助けに行くこともできます。
─最後に、今後確実に起こる巨大震災に立ち向かうために、福和さんが説く「温故知新と転禍為福」についてご説明いただけますか。
福和 震災が起きるスパンは私たちの人生よりも長いので、震災への対策は歴史に学ぶしかありません。震災が起きる前から直前、起きた瞬間、起きた後、その後の社会の復興という長い期間にどういうことが起きたかを学ぶことで、将来に備えることができますし、被害を未然に防げるかもしれない。これが「温故知新」です。しかも、日本にはあらゆる種類の災害があり、それぞれの対策の技術がつくれれば、みんなが幸せになれるし、大きなビジネスにもなります。それが「転禍為福」で、幸福の福とお金をもうける福の両方を得ることができるのです。
初めに話したように、私たちの国は震災が起きたことによって新しい時代をつくってきています。歴史に学んだ上で、災害国日本に住む人たち、そして産業界の方々が、日本らしさを生かした生き方、経営ができれば、震災は怖いものではないと思いますし、前向きな未来を語ることにつなげられると思います。
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