後継者の不在や事業承継の不調が原因となり、事業継続の見込みが立たなくなることで生じる「後継者難倒産」。企業信用調査会社の調べによると、2022年には過去最多を記録した。その半数以上が代表者の病気・死亡によるものであり、代表者の高齢化と後継者不在は事業継続上、大きな経営リスクになっている。
25年以降に団塊の世代が後期高齢者となり、超高齢社会を迎えることで生じる「2025年問題」。事業承継においては、経営者が70歳以上の企業が約245万社まで増え、そのうちの約127万社が後継者不在による廃業・倒産の危機に直面する。
事業のバトンをどのようにつなぐか――それは経営者にとって最も重要な責務の一つといっていい。本稿は、娘に人と志を遺した父と、それを受け継いで商いに励む娘の物語である。
父の普段の姿から突然の承継を決断
大学を卒業後、医療ソーシャルワーカーとして働いていた彼女にとって、家業を継ぐのは想定外のことだった。四国一の商都、香川県の高松市で1938年創業、高松南新町商店街の眼鏡専門店「メガネのタナカヤ」の3代目、川畑里佳さんである。
医師や看護師、療法士と連携しながら患者とその家族をサポートする仕事にやりがいを持って取り組んでいた20代半ばのある日、父の義晴さんから「将来、家を継いでほしい」と言われた。事業承継する予定だった親戚が独立することになり、後 継者不在となったためである。
誠実にお客さまに向き合い、誇りを持って商いに当たってきた父を幼い頃から川畑さんは見てきた。その力になりたいと、後継ぎとして川畑さんが家業に入ったのは2005年、26歳の春だった。
当時、均一低価格を売りにするチェーン店が業界を席巻し、眼鏡の相場価格が下落する最中にあった。「価格対応もしましたが、当店は専門店としてどんなお客さまにも父は一人一人に丁寧に寄り添って、最良の眼鏡を提案していました」と川 畑さんは振り返る。
「眼鏡のことを、経営のことを、もっと父から学びたい」という彼女の願いはかなわず、12年3月、2代目は77歳で急逝。父と商いを共にした時間は7年間と決して長くはなかった。33歳の川畑さんは3代目として代表取締役に就任することになる。
父から受け継いだ大切な人材と理念
「父から引き継いだ一番の財産は社員の皆さんでした。代替わり、ましてや新米経営者の場合、社員の多くが見限って退職していくこともありますが、当店では全員が残ってくれて店を盛り立ててくれました」と川畑さん。彼女が父から学んだこ とは数えきれないが、中でもいつも心にあるのが「信じること」の大切さだという。
「私が何か提案すると、父はいつも『お前が思うことだったら、やってみればいい』と受け入れ、肯定してくれました。今にして思えば、当時の私のような素人の思いつきを、信じて任せてくれることの難しさと偉大さが分かります。そうした姿勢は社員さんに対しても同じでした。だから、彼らは父が彼らにしたように、私を信じてみようと思ってくれたんだろうと思います」
しかし、「認められないこともありました」と川畑さん。それは、提案の中に我が出ていたり、自分勝手な都合が透けて見えたりするときで、すると必ず「それ、誰のためなの?」と言われたという。
「そんな父を商人として表現するなら、いつも感謝が先に立ち、お客さまにとってのプラスを最優先する人でした」。
2代目が遺した事業理念は「人生は奉仕なり 商いは奉仕への道なり」。その志は川畑さんをはじめ社員に脈々と受け継がれている。
(商い未来研究所・笹井清範)
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