基本的な考え方
中小企業の付加価値拡大の鍵は「知的財産の創造と活用」、諸外国に負けない支援の拡充
わが国の中小企業を取り巻く環境は、物価高に価格転嫁が追い付かず企業収益が圧迫される中、人手不足も深刻化しており自発的な賃上げや新たな成長に向けた投資に挑戦できる原資確保・拡大が急務である。取引適正化・価格転嫁を推進する とともに、持続的な成長に向けて、付加価値拡大による売り上げ・収益向上が不可欠であり、付加価値を生み出すイノベーションの源泉は、知的財産など無形資産の活用である。
世界では投資の中心が研究開発・知的財産・データ・ブランドなどの無形資産へと移行し、企業の付加価値を向上させ、経済成長をけん引している。2010年と20年の研究開発投資を比較すると、米国は1.57倍、中国は2.48倍まで投資額を伸ばしている一方で日本は1.12倍とほぼ横ばいとなっている。日本全体の経済成長のためには、競争力の源泉である知財、人材、研究開発への民間投資を促していく必要がある。そのためには、企業数の99.7%を占める中小企業の果たす役割は大きく、諸外国に負けない知財支援策の拡充により、知財を活用した「稼ぐ力」を強化していくことが重要である。
知財取引適正化の推進と、経済安全保障と知財価値向上に資する知財保護強化が急務
中小企業と大企業の共存共栄に向け、適切な契約による知財取引の適正化を進めるとともに、知的競争のグローバル化が進展し、知財や技術などの海外流出リスクが高まる中、経済安全保障の観点から知財保護への対応が重要である。あわせて、 適正な対価が享受できるようにするとともに、知財価値が適正に評価され、侵害が抑止されるような権利の保護強化が急務である。
地域における産学官金連携による知財を活用した新産業・事業創出の推進
インバウンド・観光需要が本格回復に向かう中、各地域が持つ有形・無形の資源を磨き上げ、地域に良質な仕事と雇用を創出し、地域経済の好循環を生み出すことが重要である。地域の持続的な成長のためには、知財を核とした産学官金連携による新産業・事業創出、人材育成などを推進し、地域中小企業の生産性向上および競争力強化への取り組みを強力に後押しする必要がある。
コンテンツ関連産業による外需取り込みとデジタル空間などの新市場における環境整備
わが国が世界に誇るコンテンツの市場規模拡大と海外需要の取り込みに向け、良質なコンテンツを生み出す関連産業の保護・育成に向けた環境整備が重要である。あわせて、新たな市場として急成長するメタバースなど、デジタル空間における 知財保護に向けた法的課題の整理などの環境整備も必要である。
以上の四つの考え方の下、商工会議所は、特許庁、INPIT、日本弁理士会と連携し、中小企業の知財活用と保護を伴走型で支援するとともに、地域一体となった地方創生に取り組み、中小企業と地域の自己変革を支え、新たな価値の創造に取り組む所存である。政府には、「知的財産推進計画2023」に以下に掲げる施策を盛り込み、早急かつ集中的に取り組んでいただきたい。
Ⅰ 中小企業・スタートアップにおける知的財産の創造・活用
1.中小企業の「稼ぐ力」の向上に資する知財経営支援体制の強化
(1)初出願代理費用の助成による実質無料化
(2)中小企業の「稼ぐ力」発掘と多角的な支援体制の整備
(3)利便性向上に資するオンライン相談体制の強化
(4)外国出願も含めて、中小企業への模倣被害対策など知財保護に係る情報提供とコンサル支援
2.中小企業経営者への知財の重要性の普及・啓発と活用促進
(1)中小企業経営者への知財活用と保護・適正化に係る「気づき」の推進
(2)ウェブサイト・SNSなどを活用した知財経営の成功事例の周知に関する予算措置の実施
(3)民間開放も含めた特許庁の開放特許データベースの活用
(4)イノベーション創出に向けたマッチング支援のさらなる拡大
(5)知財への理解促進に向けた特許庁・INPITのウェブサイトの改善
(6)IP ePlat(INPITが知財に関する知識を提供するサイト)のさらなる充実化と初サイト訪問者にも分りやすいコン
テンツの整理
(7)J-PlatPatへのAI機能実装による検索機能の強化
3.知財金融の推進
(1)知財を用いた資金調達制度の抜本的強化
(2)専門家を活用した、知財の流通を促進する環境整備
(3)事業成長担保権の創設・整備
(4)会計法や地方自治法などにおいて、知財が活用されるような法整備の検討
(5)IPランドスケープを活用した知財経営の普及・定着
4.研究開発促進に向けた税制などの制度措置
(1)国際競争力強化に向けたパテント・ボックス税制の創設
(2)研究開発税制の利便性向上
5.海外出願に伴う支援体制の拡充
(1)外国出願補助金制度の制度改善
(2)PCT出願やマドリッド制度、ハーグ制度などの海外出願制度の普及・啓発
(3)多国間会合における制度調和に向けた議論の推進、海外展開に関する相談機関の体制強化
(4)潜在的な知財リスク把握の必要性に関する普及啓発
(5)環境技術のオープンイノベーションのプラットフォームに関する普及啓発
6.国際競争力強化に向けた標準の活用促進
(1)中小企業の参画に向けた研究開発プロジェクトの体制整備
(2)国際機関や各国への働きかけの実施、国際機関への人材派遣などの施策強化
(3)規格・基準の相互承認の推進
7.デジタル化推進などによる特許行政の効率化・審査の質の向上
(1)特許権審査におけるAI・ITの活用の加速、審査の質の向上に向けた審査体制の強化
(2)審査官の増員やAI・ITの活用による商標審査体制の強化
Ⅱ 経済安全保障・取引適正化などを踏まえた知的財産の保護強化
1.経済安全保障の推進(国内企業の技術流出対策、特許非公開など)
(1)国内企業に対する被害防止のための指導や支援の継続実施
(2)不正競争防止法に基づく損害賠償請求の海外適用、国際裁判管轄への競合管轄規定の導入
(3)国内企業の情報漏えいの予防に向けた「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の周知徹底
(4)サプライチェーン強靭化に基づいた経済安全保障対策の周知・対応指針の作成
(5)産業発展とイノベーションを阻害しない特許非公開制度の構築
(6)わが国の技術・産業力向上に向けた、中小企業の研究開発の支援強化
2.知的財産取引の適正化による付加価値向上
(1)パートナーシップ構築宣言による適正な知財取引の推進および状況調査の実施
(2)知財取引ガイドライン・契約ひな形のさらなる普及と既存契約の見直し推進
(3)不適切な知財取引の抑止(知財Gメンの活用、不適切な取引を実施している企業の指導・公表)
(4)標準必須特許における誠実交渉ルールおよび交渉の手引きの周知
3.知財価値が適正に評価され、侵害が抑止されるような権利の保護強化(損害賠償など)
(1)(侵害者)利益吐き出し型賠償制度の導入の検討
(2)査証制度の発令要件の緩和、海外適用、不正競争防止法における査証制度の導入
(3)当事者本人への証拠の開示制限(アトニーズ・アイズ・オンリー制度)の導入
(4)知財裁判のDX推進と判決の英語による発信
(5)中小企業・スタートアップの提起する訴訟における提訴手数料の低額化・定額化
Ⅲ 地域の産学官金連携による、知的財産を活用した地方創生の推進
1.大学などの特許開放を通じた産学連携などの支援
(1)大学などの特許を無償開放し、事業化後にライセンス契約に移行する取り組みの支援
(2)大学が持つ開放特許データベースの集約化など全国的な知財権運用サービス体系の構築
(3)「国際卓越研究大学制度」の推進
(4)大学における国際特許出願支援の強化を通じた社会実装の推進
(5)「大学知財ガバナンスガイドライン」の策定および周知徹底
(6)共有特許の社会実装に向けた誠実交渉の推進
(7)共同研究契約のひな形などにおける実施料支払いの要否の明記の働きかけ
2.地域団体商標の取得・活用の促進
(1)「地域団体商標」の取得促進、新市場開拓や海外展開に向けた取り組みの強力な推進
(2)地域団体商標を10年一括納付で更新する際の更新手数料の減額
3.知財教育の全国的な展開と人材育成の推進、民間が取り組む知財教育活動への支援
(1)初等教育から高等教育、リカレント教育までの知財教育の推進および人材育成
(2)スーパーサイエンスハイスクール(SSH)などの指定校の拡充と、指定校における教育支援の一層の充実
(3)発明クラブなど、民間が取り組む次世代への知財教育活動への支援強化
(4)企業と大学の研究協力体制の強化による知財人材の育成、イノベーション創出
4.第3次地域知財活性化行動計画(2023年度~)の策定および実施
(1)地方創生、中小企業振興、科学技術立国の実現に向けた重要業績評価指数(KPI)の設定
(2)目標達成に向けた各地の商工会議所への働きかけの実施
Ⅳ デジタル空間の進展に伴う法整備と日本発コンテンツ市場の拡大
1.デジタル空間における知財保護に向けた環境整備
(1)デジタル空間での知財保護に関する法的課題の整理
(2)諸外国におけるデジタル空間での知財保護に関する動向の周知
2.適切なコンテンツ創作環境の構築
(1)コンテンツ制作現場の労働環境改善、制作者が適切な報酬を得られる環境整備
(2)著作物に関する公正な契約取引の推進
(3)フリーランスのコンテンツ制作者が安心して働ける環境整備
(4)独禁法の適格な執行に向けたアプリストア市場の取引慣行の注視
3.海賊版サイトやリーチサイトの取り締まり強化による正規コンテンツの利活用の促進
(1)海賊版サイトやリーチサイトの取り締まり強化
4.地方の魅力・コンテンツの磨き上げや海外への情報発信、好事例の横展開の実施
(1)地方の魅力の磨き上げや海外への情報発信、好事例の横展開の実施
5.諸外国の好事例を参考にしたコンテンツ産業の支援強化
(1)コンテンツ産業の支援強化
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