ITコーディネータ(ITC)は、経営者の立場で経営課題を考え、課題解決のための戦略立案からITシステム導入までをサポートするプロフェッショナル人材だ。ITCとはどのような資格なのか、どのように企業の経営課題を見つけ、解決していくのか……。実例をまじえながらITCの活動を紹介する。
総論
野村 真実/一般社団法人中小企業IT経営センター 代表理事
100万社規模のIT化推進を政府が支援
政府は今年2月、中小企業の生産性向上のために施策などに関する情報やITツール活用、経営改善の事例の共有を実現する全国規模の支援体制「中小サービス等生産性戦略プラットフォーム」を発足させた。これは経済産業省をはじめとする関係省庁や経済団体、中小企業支援団体の立場で日本商工会議所などが参画するオールジャパンの取り組みで、政府は3年間の政策集中期間に中小企業のIT化などを通じた生産性向上を100万社規模で推進するとしている。2017年度補正予算「IT導入補助金(サービス等生産性向上IT導入支援事業)」(500億円)により、約13万社のIT導入を支援することも決まっている。
そこで日商では、100万社IT支援を実現するため「中小企業活力増強のためのITサービス・レシピ」を公表するとともに、ITコーディネータ(ITC)らによる相談会の開催といった取り組みを始めている。 しかし、中小企業はIT導入に関してさまざまな課題を抱えている。しかも課題は企業規模やIT投資規模により大きく異なるため(次頁図1)、経営者をサポートするプロフェッショナル人材が求められている。その役割を担うことを期待されているのがITCである。
なぜ、中小企業はITCを活用しないのか
2001年2月、国家プロジェクトの一環としてITコーディネータ資格制度が創設され、その認定や育成を行う特定非営利活動法人「ITコーディネータ協会(ITCA)」が発足した。現在は経産省の推進資格として、6286人(18年3月末)の資格保有者が全国各地で活動している(ITC資格認定者数累計では1万2000人を超える)。ITCは全国の地域や職域で120を超える組織をつくり、連携した活動を行っている。
千葉県内に拠点を置き、全国の中小企業支援に特化した一般社団法人中小企業IT経営センター(CIMC)代表理事・野村真実さんによると、「ITC組織は経営やITの専門知見、専門資格のようにそれぞれ得意分野を持った人材の集まりです。一人ひとりは独立した活動をしていますが、情報やノウハウを共有し、必要に応じて連携して動くこともある」という。
ITは企業経営を飛躍的に改善させる能力を持っている。それなのに、活用が進まない原因をITCAは、ITを経営資源に組み込むことが難しいためと分析している。本業に直接関わるヒト・モノ・カネの経営資源の活用は経営者も従業員も想定しやすいが、IT投資の効果や情報が経営資源になることは想定しにくく、先送りされがちだ。
そこでITCの活動は、経営者と対話を繰り返しながら、思いや疑問、危機感を共有し、経営者に気づきを促すところから始まる。それが、図2のIT導入と活用に関する五つのプロセスである。
「気づき」を促し、「戦略立案」を行い、「RFP(Request for Proposal、提案の依頼書)の評価」と、導入後の「活用と改善」である。RFP評価の結果に従って、システムを導入するのはITベンダーの役割となる。
このようにITCの守備範囲は広いが、「ひと言でいえば企業の経営変革をどう実現させるかがITCの仕事の肝です。そのためには、新しいビジネスの形、新しい企業・組織運営の形、ITとグローバル化という三つの視点が必要です」と野村さんは説明する。
経営者の思いを実現するITCの三つの役割
新しいビジネスの形とは、企業の強みを見極め、新しいビジネスポートフォリオとビジネスモデルを構築すること。新しい企業・組織運営の形とは、従来の企業・組織運営(マネジメント)から脱皮し、新しい方式を構築すること。ITとグローバル化とは、ITとグローバル化(例えば越境EC)を視野に入れて、新しいビジネスの形と新しい企業・組織運営の形を実現することである。
図3を見ていただきたい。ITCの活動領域を企業・組織運営、戦略・組織デザイン、技術や仕組み、開発・展開・運用の4象限に分けて、経営課題に関連する活動をマッピングしたものだ。
「ITCの活動は経営者の思いを聞き取った上で、どういうデザインにしていくかというところから始まります」。それは経営課題を可視化し、経営戦略デザイン、業務戦略デザインを描くということだ。次に業務プロセスデザインへ落とし込み、具体的なIT戦略デザインを組み立てる。ITシステムの開発・展開・運用では一部エンジニアの領域にも踏み込んでフォローしていく。
この図のようにITCは、社内でIT導入プロジェクトを立ち上げてからプロジェクト参加者の一人として招くのではなく、プロジェクト立ち上げ前から経営者に寄り添う存在なのである。
しかし、経営者は必ずしも最初に「思い」を語るわけではない。
「IT化の相談から入ることもありますが、どこから仕事がスタートしても、経営者の思いを把握し見える化をして、戦略を明確にして、それから具体的に何が必要なのかを詰めていきます」
野村さんによれば、ITCには①情報提供役、②まとめ役、③専門家という三つの役割があるという。 「情報提供役では、経営者に対して有用な情報をタイムリーに提供します。まとめ役としては、経営者の思いや考えを整理して、戦略や実現方式を見える化し、解決策を実行に移すコーディネーターとなり、変革方針やKGI(重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標、 KGIを達成するための過程を評価する中間指標)の目標を経営者や現場にリマインドする役を果たします。専門家としては、エンジニアをとりまとめたり統制を支援します」
野村さんのようにITCで組織を構成して活動しているITCのほかに、単独で活動しているITCも存在はする。しかしITCの守備範囲が広くなっているため、単独のITCだけでは知見が不足する場合も踏まえ徐々に組織化する傾向にあり、経営者としても安心して相談できるようになっている。
ITCの紹介をどこに依頼するのか
経営課題は時代により変わるが、今、最も多い経営者の悩みは「採用に関すること」だという。
「採用ができないのでITでなんとかできないかという相談です。採用に貢献するHPをつくる、IT化によって業務を少人数で回す仕組みを考えることはもちろんですが、そこにとどまらず中小企業でもRPA(Robotic Process Automation、ロボットによる業務自動化の取り組み)の実現が求められる段階に入っています」
自前のIT人材を育成するのは、時間的にも費用的にも無理がある――そう判断した経営者がITCとコンタクトするためには、どのようなルートがあるのだろう。
最も身近なルートは所属する商工会議所の経営指導員から紹介を受ける方法である。経営指導員は経営者の相談内容に応じて弁護士や税理士、中小企業診断士のような専門家を紹介・派遣するが、その中にITCも含まれる。また付き合いのある信用金庫などの金融機関に依頼する方法もある。 ITCに対する報酬は、支援対象範囲と支援レベルによって千差万別だが一例を挙げると、あるコンサル経験のあるベテランITCは、ベンダー選定までの6カ月で打ち合わせ回数12回。開発から運用までの4カ月で25回訪問し、マニュアル作成も請け負った。単価は1回8万円(税抜、以下同)で、報酬総額は296万円だった。また経営幹部の経験があり中小企業診断士の資格を持つベテランITCは、報酬がベンダー選定までの6カ月で打ち合わせ回数12回、開発から運用までの打ち合わせ回数40回で、単価は8・5万円。報酬総額は442万円だった。またミラサポなど、各種補助金の利用も可能である。
政府が音頭を取ってIT化を推進すればするほど、中小企業間の生産性に差がつく。乗り遅れる前にITCの活用を考えたい。
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